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亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2007年1月

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最終更新: 2007年1月31日
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■アカデミー賞の見識が問われる (2007/01/31)
■バリアフリーをめぐる世代間ギャップ (2007/01/22)
■『アフリカのろう者と手話の歴史』発売 (2007/01/15)
■炊飯器の「とりけし」 (2007/01/13)
■仕事帰りのデパ地下で (2007/01/09)
■日記のまとめ書き (2007/01/08)
■真実のイノシシ (2007/01/05)
■見のがした「連続ドラマ」 (2007/01/03)
■今年の目標2007 (2007/01/01)


2007年1月31日 (水)

■アカデミー賞の見識が問われる

映画「バベル」でろうの女子高生役を演じた女優・菊地凛子が、第79回アカデミー賞の助演女優賞にノミネートされた。この部門での日本人女優ノミネートは49年ぶりの快挙とかで、マスメディアは受賞への期待ムードとともに一斉にこのことを報じた。

ところが、この受賞に強く反対するという見解が出ていることをご存じだろうか。

それを表明しているのは、日本のろう者。『デフニュース』(ろう、聴覚障害、手話関係のニュースを配信するメルマガ)発行人の一人で、ろう者関係の世界では著名な方である。

なぜ反対するか。菊地の演技はろう者と手話の認識にマイナスの影響を与え、誤解を引き起こすからだと言う。この声明では、彼女の手話と演技はまったくいい評価を受けていない。

「ろう者役をする聞こえる俳優たち」に対し、ろう者たちはしばしばこういう違和感と反発を感じている。私自身は、菊地の演技について善し悪しを述べる気はない。ただし、メディアが「朗報」一色に染まりきり、このようなろう者の見解が完全に無視されているという状況は、あまりにフェアでない、奇妙な事態に思えてならない。

菊地は「耳の不自由な役はやりがいもある。何が何でもやりたいと思った」「使えるものはどんどん使おうと思った」。そう思って「手話を練習し、コンビニでは障害者に成りきって買い物し」、オーディションに挑戦したという(各社記事より)。

そうですか、手話は文字通り出世のために「使われた」のですね。そういうことを広言するのはたいへん失礼で恥ずかしいことなのだということを、だれか教えてあげる必要があります。

受賞者の発表は2月25日。アカデミー賞の見識が問われています。

※この日記には、重要な追記事項があります。


2007年1月22日 (月)

■バリアフリーをめぐる世代間ギャップ

私が勤務する大学では、耳が聞こえない学生が何人か学んでいる。4年前から学部レベルでの配慮が始まり、昨年4月に全学的な通訳派遣部署ができた。聞こえない学生のための制度がようやく軌道に乗り始めたところ。

ところが。授業をしていて感じる最近の一般学生(1-2回生)の認識は、次のようなものだ。

「耳が聞こえない学生にはいつも通訳がついているので、大学ではずっとそうしてきたのだと思っていました」
「つい最近までそれがなかったとは! 知りませんでした」

「耳が聞こえない学生には通訳がついて当たり前。ない方がおかしい」ということを自然に学んだ学生たちが育ちつつある。この変化の早さには、正直いって舌を巻いた。

大学に何もなかった時代、通訳派遣制度それ自体を実現させることに労力をさいてきた私どもは、いずれ「旧世代」と呼ばれるようになるのかもしれません。新しい認識と感性をもった人材が、10年後に大学の教職員となって制度を担う主力になっていれば、これはたいへん心強いことだ。

聞こえない学生が大学で通訳制度なしに放っておかれると、本人と支援者がどれほど苦痛で腹立たしい体験をすることになるか。私たちは著書の中で克明に描いたことがある

この本が昔話になる日は、そう遠くないのかもしれません。もちろんその時がくるまで、「旧世代」の奮闘はもう少し続きます。日々、着実に。


2007年1月15日 (月)

■『アフリカのろう者と手話の歴史』発売

拙著『アフリカのろう者と手話の歴史』(明石書店)が発売されました。

一般書店のほか、明石書店のホームページ、ネット上の書店などでもご注文いただけます。

近所の大型書店に行ってみた。置いてあるかな?と探してみたところ、「福祉・手話」の棚にありました。配架してくださりありがとうございます。よろしければ、「文化人類学」「アフリカ史」のコーナーにもお願いしますね。いちおう「文化人類学」分野の審査で助成金をいただいて出版された本ですから。>書店各位

みなさま、どうかお手に取ってくださいましたら幸いです。


2007年1月13日 (土)

■炊飯器の「とりけし」

電気炊飯器に「とりけし」というボタンがある。「炊飯」「保温」「予約」…いろいろな機能を「とりけし」することができる便利なボタン。

ある日、私は考えた。

「炊飯器は、とりけしすることをとりけしできるのだろうか?」

私は「炊飯」中の炊飯器におそるおそる手を伸ばし、「とりけし」ボタンをすばやく二回押してみた。

ぷつん…。

結局、炊飯がとりけされただけだった。「とりけしのとりけし」という、論理階梯がひとつ上がるような仕事は、炊飯器にはできないことが分かった。

うん。ちょっと安心した。


2007年1月9日 (火)

■仕事帰りのデパ地下で

幸福とは、仕事帰りのデパ地下である。

そういう名言がある、わけではない。私が週に一度思うことば。

この秋学期の間、自宅からやや遠いキャンパスでの授業をもっていた。とっぷりと日が暮れてから家路につくが、帰りの乗り換え駅のデパートがちょうど閉店直前だということを知ってから、毎週この仕事の後にデパ地下に寄るのが習慣になった。

仕事帰りのデパ地下は、なぜ楽しいのか。

・仕事が終わった解放感
・ちょっとぜいたくな買い物気分
・閉店前の割引
・晩ごはん(晩酌)を考える楽しみ

ええ。私の暮らしの幸福の要素のいくつかが、この時間帯に濃縮されて存在しています。割引のフランスワインとサラダセットでも下げて、家路につくときの幸福感といったら!

今日でその授業は終わり。来週からは、次の幸福のひとときを探さなければなりません。


2007年1月8日 (月)

■日記のまとめ書き

成人の日が1月8日だったため、冬休みが今日まで続く小学校や中学校が多かったようだ。私も大学の再開を前に新幹線に乗ったが、明日の始業にそなえて帰宅する子どもたちがずいぶんと乗っていた。

小学生とおぼしき近くの席の女の子。新幹線の中で、日記のまとめ書きに奮闘していたよ。

「『お・お・み・そ・か』、えーと、うーんと…」

(おおみそかはね、『おずま』っていう人が紅白でひんしゅくをかったんだよ)などと入れ知恵するはずもなく、静かに見守る。

今年は仕事をためないようにしよう。そして計画的に行動しよう。少女の日記の完成を祈りつつ、私は新年の誓いを新たにかみしめたのだった。


2007年1月5日 (金)

■真実のイノシシ

「猪突猛進」。今年の干支のイノシシには「突進」のイメージがある。

しかし、実はそうでなく、パニックの時に走るていどなのだそうだ(『毎日新聞』2007年1月5日)。つまり「つっぱしるイノシシ」というのは、観察者である人間がイノシシにストレスを与えてつくりだした虚像ということらしい。そうか、人間はずっとそれを真実だと信じ込んできたのだ。

それにしても、つっぱしらない平常心のイノシシの姿を、どうやって人間が観察することができたんだろう。動物生態学の調査方法に、ちょっと興味がわいている。

この「イノシシ観察問題」、社会科学にいる私にも、けっしてひとごとではないと思った。


2007年1月3日 (水)

■見のがした「連続ドラマ」

年賀状をくださいましたみなさま、ありがとうございました。

昨年は喪中につき年賀状の欠礼をした。今年、2年ぶりに年賀状をいただいた方の中に、ずいぶんと暮らしが変わってしまった人もいた。結婚、出産を経ていたり、もう2歳になろうとする子どもの写真が届いたり。

「し、知らんかった…」

喪中で一回とばすと、その間に何があったのかが気になる。ちょうど連続ドラマの一回分を見のがしたような気分だ。もちろん、去年の年賀状を注文して取り寄せるわけにはいかないのだけれど。

年賀状の意義って何だろう…。毎年この時期がくると考えるが、少なくとも「それぞれの人生の連続ドラマを毎年放映する」という機能があるらしい。

だれにドラマを見てほしいか、だれのドラマを見続けたいか。みんながプロデューサーとなり、視聴者となって、毎年頭を悩ませています。


2007年1月1日 (月)

■今年の目標2007

明けましておめでとうございます。

今年の目標は何にしようかなあと考えていたが、「とにかくファイルする」ということにした。

それを思いついた理由は簡単で、年末の大掃除で苦労したから。実際の話、大掃除で発掘される紙類は、ほとんどがシュレッダー行き=置いておく必要がないものだったのだ。

かといって「すべて捨てればいい」というものでもない。必要なものが時どき含まれているから、そういうものは「適所」に置いておかないといけない。

こういう「いつしてもいい決意」をするには、元旦ほどうってつけの日はないだろう。そんなわけで、今年はとにかくファイルし、とにかく捨てる人になろうと思います。

今年もどうかよろしくお願いいたします。



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