亀井伸孝の研究室 |
ジンルイ日記つれづれなるままに、ジンルイのことを |
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最終更新: 2008年7月31日 |
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■フィリップへの恩返し (2008/07/31)
■DVD手話動画辞典・教材の完成 (2008/07/30)
■世界言語学者会議2008 (5) 学会の使用言語(2008/07/27)
■世界言語学者会議2008 (4) 20人の国際会議(2008/07/26)
■世界言語学者会議2008 (3) 一人一USBの時代(2008/07/25)
■世界言語学者会議2008 (2) つかの間のフランコフォン(2008/07/24)
■世界言語学者会議2008 (1) スカイプ講演(2008/07/23)
2008年7月31日 (木)
■フィリップへの恩返し
DVD手話動画辞典・教材の完成にあたり、その作成のために尽力してくれたカメルーンのろう者の手話講師、故ンヴェ・フィリップ君のことをもう一度書かせていただきたいと思う。私の10年来の友人であった彼は、こと手話の教育と研究に関してはひじょうにガンコな見解を持っていて、ろう者の自然な会話における語彙や文を教えてもらうにはまさしく適材のひとりであった。
たまたま定職をもたないという条件も重なったため、昨年の調査では1カ月もの間、彼の時間をほとんどちょうだいし、連日連夜、手話の語彙収集に取り組んだ。
「じゃあ、次の調査で追加撮影をしよう」そう約束して日本に戻った2週間後、彼の訃報がメールで届いたのである。ビデオカメラのハードディスクに蓄積された膨大な彼の「遺影」を抱え、寒くなりゆく日本で私は一人暗く沈んでいた。
その後の3,000件の動画編集は、亡きフィリップと毎日顔を突き合わせて仕事をすることにほかならなかった。ビデオの中では、彼はいつもと同じように生きて笑っていた。貧乏ゆすりなどの癖も、前と変わらぬ姿だ。「こらー、おまえまた足を揺する…」時おり画面に向かってツッコミを入れ、対話しながらの長い長い編集作業のマラソンだった。
虎は死して皮を遺し、ろう者は死して手話を遺す。名手話講師であったフィリップの姿を刻んだこのDVDの完成を、遠い彼の魂に報告したいと思います。会って渡すことはできなくなってしまったけれど。この達成が、多少なりとも彼への恩返しとなりますように。
Merci, Philippe!
2008年7月30日 (水)
■DVD手話動画辞典・教材の完成
「できた…」心からそう思える瞬間というのは、人生のなかでどのくらいあるだろう。
私は、概してあきらめの悪い人である。
「まだ完全じゃない」
「もっといいものができるはず」
原稿でも何でもいつも不満が残り、あきらめの悪い終了宣言をすることが多い。
東京外大AA研の言語研修「フランス語圏アフリカ手話」の教材となる、DVD手話動画辞典・教材 "DVD : Langue des Signes d'Afrique Francophone [LSAF]" が完成した。ファイル数3,300件、総時間7時間40分の動画を収録し、フランス語/日本語の二言語のさくいんで、知りたい手話の語や例文を一瞬で検索できるすぐれもの。
基本語彙、固有名詞、便利なあいさつ表現から、文法例文、会話スキットに、ろう者の自然なおしゃべりの風景まで。対象として初学者から上級者までを網羅したこの1枚は、これから始まる100時間の集中講義における強力な助っ人となるはずである。
「手話の言語研修の教材で、こんなのがあったらいいねー」
ふとした思いつきでコンセプトが浮上してから、ざっと1年。実際に作り上げるにはことばにできないほどの苦労があったけれど、とにかくモノはできあがった。
あんな不備、こんな注文。いろいろやり残した課題はあるけれど。とりあえず今は「できた!」という感慨にふけって乾杯したいと思います。
[付記] 本DVDは、2008年度言語研修「フランス語圏アフリカ手話」受講生に提供する教材として開発されたものです。現時点で一般配布・公開はしておりませんので、念のため申し添えます。
コンテンツ一覧は、こちらをご覧ください。
2008年7月27日 (日)
■世界言語学者会議2008 (5) 学会の使用言語
最後にひとつだけ、暴露話。この世界言語学者会議2008に、「手話通訳者の準備はできますか?」と問い合わせた人がいる。
大会実行委員会の答えは、「公用語は英語だけで、仏語や独語への通訳もありません。手話通訳もありません」だった。
この回答は、論理的に整合しているようで、なぜ整合していないのでしょうか。みなさま、それぞれで考えてみていただきたいと思います。
→ [おわり]
2008年7月26日 (土)
■世界言語学者会議2008 (4) 20人の国際会議
そんなこんなで、バタバタと国際学会。国際学会には、分科会が星の数ほどもある。参加者の人数は有限だから、一つの分科会に来る人の数はずいぶんと少なくなるものだ。それこそ、20人〜30人の規模で小さな討論をしている場面が少なくない。それでも、国際会議。
研究者は、なぜ国際学会に参加するのか。「成果を世界に発信するため」というのが動機である。しかし、実際に発表者の話を直接聞いているのは、その部屋にいる20人だけだったりするのだ。それでも、国際会議。
今の風潮では、研究者として、大学として、研究プロジェクトとして、業績の点数を稼ぐことが必要だとしきりに強調されている。国際会議での外国語での発表は、国内の日本語発表よりも価値が高いと見なされがちだ。聴衆が20人でも、である。やっぱり、国際会議。
世界の人びとと知識の共有をしたいなら、外国語の文献(論文、本、web上の情報など)を量産するのがいいだろう。でも、国際○○学会で発表してきました!が権威をもって語られる。やっぱり、国際会議なのである。
→ [つづく]
2008年7月25日 (金)
■世界言語学者会議2008 (3) 一人一USBの時代
今回、発表を済ませて気付いたのは、「あなたのパワーポイントのデータをいただけませんか?」と、USBデータスティックをもってあいさつに来る人が何人もいたことである。かつてであれば「あなたの発表の配布資料をください」「論文の別刷りを交換しましょう」というふうに、紙で社交をしていた。それが今は、データ交換による社交に移行している。
私は一瞬考え、参照していただくことにメリットありと判断し、スライドデータをお分けすることにした。実は、そんなこともあろうかと、スライドの最終ページにあらかじめこんな一文を入れておいたのだ。
「(c) KAMEI Nobutaka 2008. All rights reserved.」(※)
いつでもお分けできるとは限らない。しかし、そういうリクエストが寄せられることを念頭に、適切に対処する姿勢は持っておきたいと思う。「一人一USB」の時代の、研究者のマナーを考えさせられた。
[付記1](※)みたいなスライドを最後に1枚入れる習慣をつけておくと、こういうときにあわてなくていいと思います(=経験から得た知恵)。
[付記2]USBスティック経由のウィルス感染については、別途対策が必要でしょう。
→ [つづく]
2008年7月24日 (木)
■世界言語学者会議2008 (2) つかの間のフランコフォン
私は、自分のフランス語圏アフリカの手話言語について発表した。分科会が終わり、さっそく男性の参加者から、フランス語でのごあいさつをいただいた。
A: "Bonsoir, Monsieur! C'était très intéressant."(こんばんは、おもしろかったですよ)
K: "Ah, Merci beaucoup!"(あ、ありがとうございます)
もうひとりの女性も輪に加わって、3人でフランス語でわいわいがやがや。分科会終了後のひと時、会場に「つかの間のフランス語圏」が出現した。
ポイントは、これがフランス人ではなく、韓国人とアメリカ人と日本人(=私)の会話だということである。おお!国際共通語としてのフランス語が一瞬復活したぞ、と思った。
英語が席巻する国際会議の中で、フランス語で話す仲間を見つけることは、ちょっとした同志的連帯を感じるひと時でもある。え、マイノリティだから? うーん、どうでしょうかね。
→ [つづく]
2008年7月23日 (水)
■世界言語学者会議2008 (1) スカイプ講演
ソウルで開かれた、第18回世界言語学者会議(18th International Congress of Linguists [CIL18])に参加する。国際学会に参加するのは、これで何度目だろう。バーミンガム、オスロ、ニューオリンズ、ワシントンDC…。そのたびに気合いを入れて準備し、旅行支度をし、遠路会場にたどり着く。
今回、印象的なことがあった。基調講演者のひとりが、急きょ参加できなくなった。ところが、その人はパワーポイントをメールで届け、さらに会場と自宅をスカイプでつないで、地球の裏側にいながら難なく基調講演をこなしたのである。
そうか、その手を使えばキャンセルが出てもだいじょうぶだ。…というか、そもそも会場に集まる必要すらなくなるのでは?
先日、来日講演の予定だったアントニオ・ネグリが、日本政府に事実上入国を拒まれたというできごとがあった。でも、スカイプ講演だったらビザは要らないよね。
莫大なお金と時間と労力を用い、燃油を消費してCO2を排出しつつ開催する国際学会って、いったい何だろう。
→ [つづく]
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