亀井伸孝の研究室: ジンルイ日記
2009年9月
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■ウェブサイトにふりがなを振ろう (2009/09/28)
■中止のダム、ボツの原稿 (2009/09/23)
■譲った席はだれのもの? (2009/09/20)
■世界アフリカ言語学会議の規約改正 (2009/09/18)
■「ブログ」「サイト」の敬語表現は (2009/09/17)
■昨日の敵は今日の友 (2009/09/16)
■WEBマガジン『風』にインタビュー掲載 (2009/09/15)
■「脱官僚」の中心で、官僚の必要性を叫ぶ (2009/09/14)
■ご遺骨でいらした講演客 (2009/09/12)
■マクドナルドで自発的服従 (2009/09/07)
2009年9月28日 (月)
■ウェブサイトにふりがなを振ろう
ウェブサイトのテキスト全文に、一発でふりがなを振る技を知った。ルビを振りたいと思う目的のウェブページのURL、たとえば http://www.xxx.yyy.zzz の前に、http://trans.hiragana.jp/ruby/ という文字列を入れるだけ。
ちょっと誤読があるのは、ご愛嬌だけど。うーん、(ほぼ)すごいなあ。
2009年9月23日 (水)
■中止のダム、ボツの原稿
〆切でぎりぎりと攻め立てられ、無理してなんとか書き上げた原稿。それが、編者の心変わりであえなくボツになった。編「やっぱり、うまくいきそうにないな。金もかかるし、時間もむだだ。本を作るのは、やーめた」
私「おい、いいかげんにしてくれ!」(怒)
…という、仮想の事態を思い浮かべた。
公共事業のダム建設を、民主党政権が中止しようとしている。それに対し、建設続行を望む地元の感情も強いらしい。ふってわいた公共事業に、長年苦労して協力してきたのに。こっちは家の移転だって済ませたんだ。やるなら、最後までちゃんとやれよ。
大局を見ての政策転換は、ありうることだろう。ただ、「振り回された側の思い」、これまでの自分たちの協力は何だったの?という感情は、あんがいバカにならないと思う。
私だったら、どういうたとえで受け止めるかなと考えていて、やはり、出版関係の話に置き換えると、すっと共感できる。
え、さっきの話、モデルがあるかですって? いえ、そんなことはないけれどねえ。苦笑
2009年9月20日 (日)
■譲った席はだれのもの?
電車の中で、たとえばお年寄りに席を譲ったとしましょう。その席を占有する権限は、だれにあるのだろう。ふつうに考えたら、「譲った相手であるお年寄りに占有権が移る」ということですよね。でも、本当かなあ。
【ケース 1】席をお年寄りに譲った後、しばらくしてその人が先に電車を降りることになった。その時、「どうもありがとうございました」というようなあいさつとともに、席を元の占有者である自分に返してくれることを、ちょっと期待していませんか? とくに、相手が目の前にいる場合。
【ケース 2】席をお年寄りに譲ったところ、「あら、どうもありがとう。ねえ、○○ちゃん! 席があるからお座りなさいよ」と、なぜか譲ったはずの相手が座らず、元気いっぱいの孫に再譲渡していたら、納得いきますか?
【ケース 3】席をお年寄りに譲り、座っていただいたはいいものの、相手がちょっとトイレに立った間に、そうとは知らない高校生がどやどやっとやってきて席を占拠してしまったら、その様子を微笑ましく見ていられますか?
うーん。私は自信がないですね。譲った以上、私の思惑どおりにちゃんとその相手が恩恵を受けるべきだ(そうでなければ返してよ)といった期待を、相手に押し付けてしまいそうです。つまり、席の占有権を完全には放棄していないのですね。
だから、譲ったら、立ち去るのがいちばんだと思います。変な未練を残さないために。
2009年9月18日 (金)
■世界アフリカ言語学会議の規約改正
世界アフリカ言語学会議(WOCAL)という、アフリカの言語を幅広くあつかう国際学会が、今年8月の大会で規約改正をした。先月、私がドイツで参加した学会である。WORLD CONGRESS OF AFRICAN LINGUISTICS: CONSTITUTION2. Aims and Objectives
2.3 To stimulate research and linguistic studies on African languages, both spoken and signed.
2.7 To create awareness in the academic circles as much as in the general public for the need to recognize the African languages, both spoken and signed, as indispensable resources for individual, social, cultural, political and economic development of their speakers.
世界アフリカ言語学会議規約(以下、亀井による試訳)
2. 本会の目的
2.3 アフリカの諸言語(音声と手話のいずれも)の調査と言語学的研究を奨励すること。
2.7 アフリカの諸言語(音声と手話のいずれも)が、話者たちの個人的、社会的、文化的、政治的、経済的な発展のために欠かせない資源であるという認識の必要性について、学界や一般社会における意識を高めること。
15年の歴史をもつこの国際学会は、今年8月の第6回大会で、初めて手話言語分科会を開催した。さらに、将来にわたって手話のテーマを含めていくことが決まった。それで、規約のなかの「言語」というところを、わざわざ「音声と手話のいずれも」と強調しているのだ。うん、とてもフェアな感じがしますね。
「言語」と言ったとき、ついつい手話のことを忘れてしまう人が多い。こう明記してあれば、そうそう、手話の研究も含まれるんだよね、と思い起こさせてくれる。
この規約改正、ひとつの達成だと思います。いろんなところで、お手本にしよう!
[20100308付記] 世界アフリカ言語学会議規約のページ
WORLD CONGRESS OF AFRICAN LINGUISTICS: CONSTITUTION
2009年9月17日 (木)
■「ブログ」「サイト」の敬語表現は
敬意を示したい相手に対して、「あなたのブログ」「私のサイト」などと言いたいとき、どういう敬語を使ったらいいだろう。日本語には、相手を尊敬、自分を謙譲するための接頭辞がいろいろとある。
(尊敬)貴会、御社、御著書、高説、玉稿などこれにならうなら、
(謙譲)拙著、弊社、小誌、粗品、愚息など
貴ブログ(きぶろぐ)/貴サイト(きさいと)「ぎょくぶろぐ」に「ぐさいと」ですか。音で聞いたらわけが分からないけれど、文字で見たら、なんとなく敬意が伝わってきますね。
御ブログ(おんぶろぐ)/御サイト(おんさいと)
御ブログ(ごぶろぐ)/御サイト(ごさいと)
高ブログ(こうぶろぐ)/高サイト(こうさいと)
玉ブログ(ぎょくぶろぐ)/玉サイト(ぎょくさいと)
拙ブログ(せつぶろぐ)/拙サイト(せつさいと)
弊ブログ(へいぶろぐ)/弊サイト(へいさいと)
小ブログ(しょうぶろぐ)/小サイト(しょうさいと)
粗ブログ(そぶろぐ)/粗サイト(そさいと)
愚ブログ(ぐぶろぐ)/愚サイト(ぐさいと)
「貴ブログを拝見、拙サイトにてご紹介しました」
などと、自然な感じで、使用感を試してみたいと思います。
2009年9月16日 (水)
■昨日の敵は今日の友
民主党新政権にちょっと期待していたのは、「政敵であっても、使えるやつは使う」みたいな、大胆な人事。ふたを開けてみたら、結局はそういうことはしなかったようだ。野党時代の追及活動家たちを、それぞれの得意分野に当たらせる、「活動家仲間の内閣」という雰囲気である。ネガがいっせいにポジになったような、ちょっと不思議な光景だ。
「政敵を使う」ということは、海外のニュースでよく見かけること。オバマ米大統領は、最後まで大統領候補指名を争ったライバルのヒラリー・クリントン氏を国務長官に抜擢したし、サルコジ仏大統領は、あろうことか敵対政党の社会党から、ベルナール・クシュネル氏を一本釣りして外務大臣にした。
もちろん、「能力本位」というきれいごとだけではない、さまざまな思惑がうずまいているのだろうけれど。「政策実現のためには手段を選ばない」というポーズをとるのは、政権のアピールのしかたとしても悪くない手だと思う。
自民党反主流派のうるさ方あたりを籠絡して大臣にし、ついでに取り巻き連中も抱き込んでしまい、退潮ぎみの自民党に手をつっこんでがたがた言わすくらいの、腹のある政治をやる度胸は…鳩山さんにはないかなあ。笑
2009年9月15日 (火)
■WEBマガジン『風』にインタビュー掲載
新書情報専門のWEBマガジン『風』(2009/09/15号) が、拙著『手話の世界を訪ねよう』に関わるロングインタビューの記事を掲載してくださった。まことにありがとうございます。「新書の「時の人」にきく (第8回) 文化人類学的アプローチによる「手話・ろう文化」の理解とは: 文化人類学者 亀井伸孝氏」
『風』(連想出版) 2009/09/15. [全文を読む]このWEBマガジンを出している連想出版というNPOは、前から知っていた。新書マップという、便利で美しいデータベースを作っているところである。3年前、これをネット上で見つけ、うれしくなって「■美しきデータベース (2006/06/12)」という日記を書いたこともある。初めて書いた新書をそこで紹介していただけることは、長年のファンにとって、たいへん栄誉なことです。
取材のご依頼のときのことばが、忘れられない。
「ジュニア新書が想定する若い世代の読者だけでなく、こうした見方に気づくことなく大人になってしまった多くの「強い立場」にいる人々にこそ、読んでみてほしいと思います」
いえ、あの、私も手話が言語だと気づかずにおとなになってしまったひとりでした。その後、ちょっと心を入れ替えて、手話の理解に努めようとしてきましたけれど。
7月末の暑いさなか、3時間以上にもおよんだインタビューをもとに、テープ起こしをして記事をまとめてくださいました。インタビュアーである編集部・湯原葉子さんの「編集後記」(2009年9月15日)も、あわせてご覧ください。いろいろと、ありがとうございました。
2009年9月14日 (月)
■「脱官僚」の中心で、官僚の必要性を叫ぶ
来たるべき民主党政権は、「脱官僚、政治主導」を掲げている。それを聞きながら、私は思い出す光景がある。かつて、ある研究プロジェクトで獅子奮迅していたときのこと。決定権をもつ先生方は、はっきりいって忙しすぎた。それを間近に見て知っていた私は、あらゆる下調べと資料作りと原案作成と広報文下書きと連絡と人員配置の準備をして、ゴーサインの指令をもらうべく会議に臨んだ。そして、そうした働きがうまく機能した。
私と同様、上司の決定権を侵さない、しかし、指をくわえてぼんやり指示を待つのでもない、「野心ある黒子たち」が同僚に何人もいた。そういう私たちが、このプロジェクトを支えているのだという自負があった。若手研究者は、だいたいそういうポジションにいることが多い。
親しい教授とビールを飲みながら、つぶやいた。
私「やっぱり、官僚は必要だと私は思います!」
A「そうやね、だれかが動かないと全体は進まないから。でも、官僚が保身に走ったらあかんな」
そうか、それでストンと納得した。
首脳部の決定を最大限に活かすことに貢献しようと自ら動く、野心的な官僚をやるのは、実におもしろい。しかし、首脳部の意図を軽んじ、組織の現状維持を目的とするようなふるまいをするのは、実につまらない。今後、どんな立場にあっても、所属する組織を何倍にも輝かせることができる、野心的な組織人のひとりでありたいと思う。
民主党中心の政権樹立を目前にして、123年の歴史をもつ事務次官会議の廃止が決まり、今日、その最後の官僚トップの会議が開かれたという。霞ヶ関の実態が、野心なのか保身なのかよく分からないけれど。あの、何ともおもしろかった「プロジェクト官僚」の日々を思い出しながら、いろんなことを考えた。
2009年9月12日 (土)
■ご遺骨でいらした講演客
ある町の、ろう者の団体にお招きをいただいて、講演をする機会があった。実は、元上司である先生が、講演会場のすぐ近くに住んでいらっしゃった。「いらっしゃった」と過去形で書かなければならないのは、今年の4月に、その先生は亡くなられたからである。
ご遺族の方に、講演のご案内をお送りした。すぐ近所で、仕事の上でも関係が深いアフリカのテーマの公開行事をするのに、黙っているのも失礼に当たるだろう。ご報告がてらお伝えしたところ、ご家族が会場にお越しくださった。それだけでも、もうしわけないほどありがたいことなのに。
「うちの人も、連れてきましたよ」
かばんからちらりと見せてくださったのは、まぎれもない、先生のご遺骨をおさめた小さな袋だった。
生前は、日程が合わなかったために、同じ研究所に勤務していながら、結局一度も発表を聞いていただく機会を得られなかった。今日が、その初めての機会となった。
もしご存命だったら、講演の甘いところにビシバシと質問をしてきたにちがいない。生きてそういう機会があればよかったなと思いつつ。
講演が無事に終わり、心からの感謝を込めて、ご家族と先生とをお見送りした。初めて聞いていただいて、ひとつの宿題を終えたような気がした。
2009年9月7日 (月)
■マクドナルドで自発的服従
マクドナルドの店頭にて。客が代金を払って品物を待っている時、次の客に場所を譲ることを店員が求めてくることが多い。店員「一歩右へずれてお待ちください。次にお待ちのお客様、どうぞ」
混み合っているから、協力しないでもないけれど。
ある日、ふと気づいたら、店員にそう言われる前に、自発的に一歩右へずれている自分の行動に気がついた。
なんか、くやしいなあ。
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