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亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2013年12月

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最終更新: 2013年12月31日

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■2013年マイ重大ニュース (2013/12/31)
■アフリカ重大ニュース2013 (2013/12/30)


2013年12月31日 (火)

■2013年マイ重大ニュース

2013年のマイ重大ニュース。順位を付けるのではなく、分野別にピックアップしてみました。

【海外調査】

セネガル共和国で初の調査(8月)。日本貿易振興機構アジア経済研究所「アフリカの障害者」による委託調査。ムスリムが多い国での調査は初めてで、新しいアフリカ像を目にしたような気がしました。首都ダカールや、聖地トゥーバでの調査などでの障害をもつ人たちとのインタビュー、全国ろう者協会での講演、そしてダカールの大学ISMでの「子ども学ワークショップ」など。有意義な滞在となりました。

・セネガルでの余暇時間に、アフリカ最西端のアルマディ岬の先端を徒歩で踏破。中部アフリカのカメルーンの森から始めて、ついにここまで来たか、という感慨にふける。

・コートジボワール共和国での調査(3月9月)。これまでの調査の集大成として、アビジャンでフランス語圏アフリカ手話国際会議を主催(3月)。これは、息の長いお付き合いにつなげていきたい。

【研究成果公開】

・イギリス、リヴァプールで開催された The 10th International Conference on Hunting and Gathering Societies (第10回国際狩猟採集民会議, CHaGS 10) で発表(6月)。11年ぶりに開催されたこの会議に参加し、狩猟採集社会の変化とあわせて、それを対象としている研究の側の変化をも目の当たりにしました。

・日本アフリカ学会の『アフリカ研究』83号に、4件の論考が一挙掲載(掲載論考の例書評)(12月)。アフリカ子ども学のこと、手話言語のこと、狩猟採集民研究のこと、教育開発のこと。いずれも短いものですが、アフリカとの間に培われた深く多彩なご縁をご紹介する機会となりました。

【大学での教育】

・今年は、愛知県立大学でのゼミ生4人を始めて卒業生として送り出す(3月)。と同時に、今度は新しいゼミ生が10人入ってきて、たいそうにぎやかになった(4月)。

・アフリカンフェスタでの調査実習(5月)、映像制作ワークショップ(通年)など、今年もいろいろな調査スキル演習をしましたが、中でもおもしろかったのは、総合地球環境学研究所と合同で実施したゼミ合宿(8月)。合同ポスター発表会、ミニレクチャー、所内見学など。第一線で活躍するプロのフィールドワーカーから、講義と助言を受けられるよい機会となりました。

【学内業務】

・教務委員。教務委員。教務委員。…(通年)。"Time eater"(時間喰い)ということばを何度思い浮かべたことか…(> <;;

【社会的活動】

・中部経済連合会の産学フォーラムコアメンバー(通年)。学長の指名を受け、中部圏のビジネスパーソンのみなさんと会って話す機会が増えました。

・愛知県立大学公開講座「グローバル化時代の文化の境界」の講師(11月)。「アフリカとヨーロッパ」というテーマで、アフリカの通史を市民のみなさんにお話しする機会。勉強になった。

【個人としてのアクション】

・あんまりないですが(笑)。Twitter で、以前にも増してブツブツと。

・グローバル人材ネタ、宇宙人類学ネタ、大学改革関係、南アフリカ手話通訳の問題など。

・衆参のねじれがなくなった国会と有権者を尻目に、各種の政策転換を推し進める政権与党と、教育研究の現場の実態と発言権を考慮に入れずに論じられる、空中戦のような大学改革論議が、しばしば重なって見えた。

・今年の自分のアホついとをさかのぼってみたら。「有権者をナメている為政者への怒り」と「せっかくの参政権と表現の自由を使わずにむざむざと奪われつつあるわたしたちへのいらだち」と「忖度し空気読んで自主規制を強めて勝手に苦しんでいる大学業界の情けなさ」の三つの不快が周期的に現れていた1年だった気がする。

・今年の記憶にとどめたい自己ついとはこちらです。:2013年10月8日「<手話言語条例>鳥取県議会で成立 全国初 手話の普及へ(毎日新聞)」「2006千葉県障害者差別禁止条例と、2013鳥取県手話言語条例。このふたつをながく記憶にとどめたいものです。パイオニアに敬意を表して」。手話を条例と定めた鳥取県の英断に喝采。

【その他】

・愛鳥チャッピー(セキセイインコ、♂)、2013年3月12日に永眠。コートジボワール調査中のできごとでした。2002年秋のわたしのカメルーン調査中に家にやって来てから約10年間、京都、神奈川、大阪、名古屋と転居しながら共に暮らした家族でした。これまで、ありがとう。

・コートジボワール滞在中に、フランス語版のウェブサイトを公開(3月)。これは長年の念願の達成でした。

みなさま、よいお年を。


2013年12月30日 (月)

■アフリカ重大ニュース2013

今年も独断で選んでみました、アフリカ関係の重大ニュース2013です。来年度の授業の教材にしようかな、という備忘録も兼ねて、1位から10位まで。

(1) 南アフリカ共和国のネルソン・マンデラ元大統領が死去、享年95(2013年12月5日)。ヨハネスブルグ近郊のソウェト地区・FNBスタジアムで行われた追悼式には約100カ国の政府首脳が参列、オバマ米大統領とカストロ・キューバ首相が握手するなど、弔問外交も活発に(10日)。10日間の国喪の後、南西部のクヌに埋葬された(15日)。追悼式での手話通訳者が表出した手話がデタラメであったとのスキャンダルが伴った(10日)。

(2) 第5回アフリカ開発会議(TICAD V)が横浜で開催(2013年6月1日-3日)。日本、国連、世界銀行、国連開発計画(UNDP)、アフリカ連合委員会(AUC)が共催、51のアフリカの国ぐにの政府首脳が参加した。第5回目で、初めてアフリカ連合が共催に参加したことが特徴。NGOなどによる関連イベントなども多く行われ、アフリカへの関心が高まる。

(3) アルジェリア人質拘束事件(2013年1月16日)。同国東部イナメナス近くの天然ガス精製プラントを、アルカイダ系の武装勢力「イスラム聖戦士血盟団」が襲撃。アルジェリア軍の特殊部隊が現場に突入して制圧したが、人質23人が死亡(そのうち、日本人は日揮の関係者10人)。

(4) エジプトでクーデター(2013年7月3日)。ムスリム同胞団の支持を受けていたムハンマド・モルシ大統領(在職2012年6月-)に対する大規模な反政府デモの発生に応じて、軍が介入。憲法を停止し、モルシ大統領から権限を剥奪。アドリー・マンスールが暫定大統領に就任した。

(5) アフリカで最も新しい独立国・南スーダンで内戦勃発(2013年12月)。12月14-15日頃、国軍部隊どうしの戦闘が発生、内戦状態に。サルバ・キール現大統領派と、リエック・マシャール前副大統領派の対立に、ディンカ/ヌエルの民族対立、石油資源をめぐる利権なども関連して、戦闘が激化。周辺諸国が調停に乗り出す。国連PKOに参加している陸上自衛隊が、緊急の必要性・人道性を理由として、国連経由で韓国軍に銃弾1万発を無償で譲渡(23日)、論議を呼ぶ。

(6) マリにフランスが軍事介入(2013年1月)。2012年4月のアザワド解放民族運動(MNLA)によるマリ北部独立宣言以降の国土分断状態に対し、マリ政府の要請を受けてフランス軍が介入、武装勢力は北部の主要都市から排除された。8月に大統領選挙が実施され、イブラヒム・ブバカール・ケイタ大統領が就任。

(7) ガンビアと台湾が断交(2013年11月)。西アフリカのガンビアのヤヒヤ・ジャメ大統領が、1995年7月に外交関係を樹立して以来の台湾との国交を断つと突然発表(2013年11月15日)。台湾外交部も、外交関係が終了したことを発表した(11月18日)。2008年から続く馬英九政権下では初めての断交となり、台湾と国交を結んでいる国はこれで22カ国となった(アフリカではブルキナファソ、サントメ・プリンシペ、スワジランドの3カ国)。

(8) 中央アフリカ共和国でのクーデター(2013年3月24日)。2012年12月に武装蜂起した反政府武装勢力セレカが、首都バンギに侵攻、フランソワ・ボジゼ大統領は国外に脱出した(3月)。セレカ指導者ミシェル・ジョトディアが暫定大統領に就任(8月)、AUなどの非難を受けてセレカを解散したが、武装勢力による抗争が止まらず、数百人もの死者が出るに及び、フランスとアフリカ連合が増派して軍事介入した(12月)。

(9) ケニアの首都ナイロビの大型商業施設「ウェストゲート・モール」に武装グループが侵入(2013年9月21日)、72人の死者が出た。ソマリア拠点のイスラーム勢力アル・シャバブが犯行声明を出す。これを受けて、アメリカの特殊部隊がソマリアのアル・シャバブの拠点を襲撃した(10月5日)。

(10) ケニア首都ナイロビのジョモ・ケニヤッタ国際空港で、大規模な火災が発生(2013年8月7日)。電気系統の不具合が原因とされ、死者はなかった。

報道から選ぶとなると、どうしてもネガティブな政変や内戦の話題が多くなりがちです。来年は、人びとが死傷する事件が起こらない年となりますように。あわせて、平時の幸せなアフリカの姿を、少しでも伝えられる仕事ができますように。



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