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亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2016年8月

日本語 / English / Français
最終更新: 2016年8月31日

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■2016年8月のまとめ日記:共存を望む声と拒む声 (2016/08/31)
■おもしろうて、やがて悲しき調査かな:フィールドワーカーの気分の変遷 (2016/08/30)
■アビジャン便り (2016/08/28)
■フランス語圏の大都市はもはや「パリとモントリオール」ではない:人口に見るアフリカの躍進 (2016/08/17)


2016年8月31日 (水)

■2016年8月のまとめ日記:共存を望む声と拒む声

前半は、大学で前期の総仕上げ。試験に採点に、そのほかいろいろに。

後半は、フランス経由でコートジボワールのアビジャンに到着、手話辞典編集の続きの作業をしています。

先月末の相模原の虐殺事件をきっかけに、優生思想をめぐる不穏な空気がただよったことから、日本にいる間はずいぶんとその関係の発言をしました。

ほぼ時期を同じくして、落語会における手話通訳拒否の可能性の問題や、尼崎における居酒屋でのろう者団体入店拒否事件が浮上。この三つのできごとが重なり合い、共存を求める声と共存を拒む声が錯綜して、わたしを相当不快にした。

さらに、ムスリムは豚肉が嫌なら日本に来るな、といった趣旨の暴言を吐く政治家などもいて(よりによって、次期オリンピック都市として東京がリオ閉会式に臨む直前のタイミングで、ですよ)。文化を語りつつそれを牢獄のように見立て、人びとの自由を奪う手段として濫用する言説にはうんざりした。

文化人類学者、きちんとモノを言わないと。「文化」概念の誤用濫用を防ぎ、優生学の過去の過ちを教え、変な疑似科学的なデマに乗せられることのない、冷静沈着な思考者であることを学生と市民に勧めていかないと。そういう思いを新たにしました。

苦言を呈すれば呈するほど、味方も増えれば、敵も増える。そこはもう、捨てる神あれば拾う神あり、と観念する。共感してくださった方が多くいらしたことに感謝するとともに、そのことで少し安心する思いもある。

また、捨てる紙(出版社やメディア)あれば拾う紙あり、という字を当てることもできるかも。ときに挑発的なこともある拙ついとを長らくご覧くださって、もう少しゆっくりお話をうかがいたい、できれば何かの執筆の形で、とオファーをくださる方がたもいらした。このことにも、出会いとお声がけに感謝したい。

行事記録:
8/2火、オープンラボ(研究室開放日)でカレーパーティ。
8/5金、総合地球環境学研究所で、オープンハウス(一般公開)の一部として、ポスター研究発表会を開催。>>[詳細] (PDF)
8/7日、父の法要。
8/9火-10水、オープンキャンパス。学生スタッフたちが、楽しそうに学科と大学の説明をする風景がよかった。この学科と大学は、この学生たちのおかげでもっているのだと思います。


2016年8月30日 (火)

■おもしろうて、やがて悲しき調査かな:フィールドワーカーの気分の変遷

アビジャンで調査中。ろう者コミュニティの文化、歴史、言語の調査を続けています。

ちょっと体調を崩して、居室でごろごろしながら、この何年かを振り返ってみる。

2008年、アビジャンでの最初の調査。超・短期間で猛然と調査をしたものの、いろいろと手こずって、熱を出して倒れたりした。

次の調査は、たしか2010年。この時は、非常にはかどりましたね。こっちの土地勘も出てきて、手話にもフランス語にも慣れてきて、情報がどんどん入ってくる。楽しい調査でしたね。

で、コートジボワール内戦を経て、しばしの中断の後、ようやくぼつぼつと再開し始めた最近の調査。

ん? 以前ほど、何もかもがおもしろい!という感じではなくて。だんだん、見えてくるんです。現地にいるいろんな人たちの、ちょっとした不和や軋轢、嫉妬や誤解などをめぐる人間模様が。すこーし複雑な気分にもおそわれる。

で、ちょっと図式的にまとめてみました。「フィールドワーカーの気分の変遷」。

【ステージ1: 調査に入る=困難】
いろいろ大変。言語も生活も食事も土地勘も。慣れないうちは、とにかくすべてにおいて苦労する。

【ステージ2: 調査になじむ=快適】
言語も地理感覚もだんだん身に付いて、とりあえずいろいろこなせるようになる。まあ順調に進む。このあたりで、民族誌なり論文なりを書いてしまえば、ある程度きれいな物語として完結できそうな気がする。

【ステージ3: 少し深入りする=再びやや困難】
きれいな物語の影に、実は非常にややこしい繊細な諸問題が隠れていることに気付き始める。「自分がその場にいる」こと自体がもたらす、ひそやかなさざめきのような影響も感じ始める。実は、「ステージ2」の快適さとは、そのさざめきに気付いていなかっただけなのかも、と悟る時がある。たぶん、わたしは、いまここにいる。

【ステージ4: それでも居続ける=突き抜けてしまって快適?】
そういうややこしい諸関係があることを承知で、清濁併せ呑み、ある種の開き直りとともにその場に居続け、関わり続ける。そうなると、たぶん恒久的なお付き合いになっていくのではないかと思われる(想像)。

フィールドワークなんて、もとより「野良仕事」。猥雑な諸関係を引き受けつつ、バランスを取りつつ、不協和音もネタのひとつ、くらいに考えて流していくもの、ですよね。

いろいろ、きれいでないことも見えてくる。それは、多分、マイナスのメッセージではなくて、それほど「上っ面だけ」でなく、この地域のこの言語集団の中に深入りすることを許された証しでもあるのだろう。そう考えて、今日もぼつぼつと次の一手を考える。


2016年8月28日 (日)

■アビジャン便り

>> 国際関係学科公式学生ブログをご覧ください。


2016年8月17日 (水)

■フランス語圏の大都市はもはや「パリとモントリオール」ではない:人口に見るアフリカの躍進

ついとでも紹介しましたが。こういう記事は私の好みなので。ざっくりと日本語訳を載せておきます(正確な訳文ではありません、抄訳です)。

もちろん、著者が言うように、この順位は「母語人口の順位」ではなく、「第二言語として用いる人も含めたフランス語話者人口の順位」である。また、都市の人口ランキングは、行政区域で測るか、それにとらわれず都市圏を設定して測るかなどによってデータと順位が異なってくる。

さらに、人口規模が、経済力や教育、サービス、さまざまなインフラや都市の魅力などとは相関しないということも、重々承知している。

それでも。これからフランス語が発祥の地を離れて、アフリカの大言語として世界にのしていくというのは、何だか既存の価値観を覆してくれるおもしろい未来予測だと思う。

ポルトガル語が、旧宗主国としてのプライドをかなぐり捨てて、ブラジルの経済と人口の成長に期待を寄せているように。

いかがですか、フランス語も。そろそろプライドを捨てて、パリとモントリオールとブリュッセルに頼るのではなく、キンシャサとアビジャンとダカールに頼る時代になってきているのかもしれません。

個人的な思いとしては。アビジャンとダカールはこれまでもお世話になってきて、とても気に入っている街です。いずれはキンシャサにも住んでみたい。いつになるかな…。

(さてと。わたしは今から「2位の都市」から「3位の都市」へと移動します。サハラ越えフライトにて…)

===

【出典】
Name the world's two largest French-speaking cities. You might be wrong
By Dialogue Review | on 5 October 2015
http://dialoguereview.com/name-worlds-two-largest-francophone-cities-might-wrong/

===

【抄訳】
「世界のフランス語圏の大都市を上位ふたつ言ってごらん。たぶん外れるから」
Dialogue Review, 2015年10月5日, 抄訳: 亀井伸孝

新興国の人口と経済の成長で、世界の旧体制が転換しつつある。

カナダ、ケベック州のモントリオールは、これまでいつも2位だった。フランス語圏としては、フランス語の発祥の地フランスの首都であるパリに次いで、世界第2位の座を占めてきた。しかし、それは過去のことである。フランス語圏アフリカの人口急増で、この競争は大きく変わってしまった。モントリオールはもう2位ではない。それどころか、パリですらもはや1位ではないのである。

フランス語圏で世界最大の都市として、コンゴ民主共和国のキンシャサがパリに取って代わった。モントリオールは、コートジボワールのアビジャンに次いで第4位となっている。

もちろん、私は挑発的な書き方をしている。確かに、下記の順位には異論があるかもしれない。キンシャサやアビジャンの公用語はフランス語だが、住民の多くはフランス語を地域共通語(リンガ・フランカ)として使っていて、母語としては民族言語を話している。

ただ、同じことはモントリオールでも言えることである。英語を母語としつつフランス語を併用している人たちが、ある程度の人口規模のマイノリティとしているのだ。

同様の例として、英語圏の世界最大の都市は、ニューヨークでもロンドンでもなく、インドのムンバイだと言うこともできる。英語が公用語として広く使われているからである。

アフリカの都市はさらに成長を続けている。アフリカは世界のイノベーションの中心であり、人口の増加とともに、フランス語圏、英語圏、その他をとわず、世界のビジネスリーダーたちが注目するに値する重要な地域である。

(1) キンシャサ(コンゴ民主共和国): 11,587,000 ★
(2) パリ(フランス): 10,858,000
(3) アビジャン(コートジボワール): 4,800,000 ★
(4) モントリオール(カナダ): 3,536,000
(5) ダカール(セネガル): 3,520,000 ★
(6) カサブランカ(モロッコ): 3,211,000 ☆
(7) ヤウンデ(カメルーン): 3,060,000 ★
(8) ドゥアラ(カメルーン): 2,940,000 ★
(9) ワガドゥグ(ブルキナファソ): 2,700,000 ★
(10) アルジェ(アルジェリア): 2,590,000 ☆
(11) バマコ(マリ): 2,500,000 ★
(12) ポルトープランス(ハイチ): 2,440,000
(13) アンタナナリボ(マダガスカル): 2,398,000 ★
(14) ベイルート(レバノン): 2,200,000
(15) ブリュッセル(ベルギー): 2,089,000
(16) ルブンバシ(コンゴ民主共和国): 2,000,000 ★
(17) ンブジマイ(コンゴ民主共和国): 2,000,000 ★
(18) チュニス(チュニジア): 1,990,000 ☆
(19) ロメ(トーゴ): 1,941,000 ★
(20) コナクリ(ギニア): 1,930,000 ★
(21) ブラザヴィル(コンゴ共和国): 1,850,000 ★
(22) ラバト(モロッコ): 1,845,000 ☆
(23) リヨン(フランス): 1,583,000
(24) マルセイユ(フランス): 1,397,000
(25) ンジャメナ(チャド): 1,260,000 ★

出典: Metropolitan area populations, Demographia.

【かめいによる付加記号】
★:サブサハラアフリカ(上位25都市中14都市)
☆:北アフリカ(上位25都市中4都市)
無印:その他(ヨーロッパ、北米、カリブ、中東、上位25都市中7都市)

【かめいによる付記】
(1) キンシャサ(コンゴ民主共和国)と (21) ブラザヴィル(コンゴ共和国)は、どちらもそれぞれの国の首都でありながら、国境のコンゴ川をはさんで隣接する「双子都市」である。これらを単一都市圏と見なしたら、「キンシャサ=ブラザヴィル」で13,437,000人となり、パリを260万人も引き離した「ぶっちぎりの首位」ということになる。

【かめいによる付記2】
なお、最新の同データによれば、キンシャサ★、パリ、アビジャン★の上位3都市は変わっていないが、以下の順位が変動していた。
4位から:アルジェ☆、モントリオール、カサブランカ☆、ヤウンデ★、ダカール★、バマコ★、ドゥアラ★
じりじりと凋落するモントリオール…。
Demographia: World Urban Areas (12th Annual Edition), April 2016
http://www.demographia.com/db-worldua.pdf

===

【原文】
Name the world's two largest French-speaking cities. You might be wrong
By Dialogue Review | on 5 October 2015

Demographic and economic change in the developing world is upsetting the old order, writes Ben Walker

Montréal always used to be Number Two. The Quebecois city had a great claim to fame – it was the second largest Francophone city in the world after Paris, the capital of the Mother Country. Not any more. Booming populations in French-speaking Africa have changed the game. Montréal is no longer number two and – here's the thing – nor is Paris number one.

Kinshasa in the Democratic Republic of Congo has now edged out the City of Lights as the world's biggest French-speaking city. Meanwhile Paris' Canadian cousin has fallen to Number 4, after another Francophone African city, Abidjan, capital of Ivory Coast, nudged ahead of it.

Of course, I'm being slightly provocative here – the list below is certainly challengeable. And while French is the official language of Kinshasa and Abidjan, much of their populations use it as a lingua franca, and have a tribal language as their native tongue. That said, a similar caveat applies to Montréal, where a sizeable minority of the population is natively Anglophone, but speaks French too.

By the same token you could argue that the world's biggest Anglophone city is Mumbai – not New York or London – because English is an official language, and is widely spoken, in the Indian metropolis.

Still, that African cities are on the march is interesting. Africa is the new world centre of innovation, and with growing populations a key world region that business leaders, Francophone, Anglophone or otherwise, should keep a close eye on.

1- Kinshasa, DR Congo: 11,587,000
2- Paris, France: 10,858,000
3- Abidjan, Ivory Coast: 4,800,000
4- Montréal, Canada: 3,536,000
5- Dakar, Senegal: 3,520,000
6- Casablanca, Morocco: 3,211,000
7- Yaoundé, Cameroon: 3,060,000
8- Douala, Cameroon: 2,940,000
9- Ouagadougou, Burkina Faso: 2,700,000
10- Algiers, Algeria: 2,590,000
11- Bamako, Mali: 2,500,000
12- Port-au-Prince, Haiti: 2,440,000
13- Tananarive, Madagascar: 2,398,000
14- Beirut, Lebanon: 2,200,000
15- Brussels, Belgium: 2,089,000
16- Lubumbashi, DR Congo: 2,000,000
17- Mbuji-Mayi, DR Congo: 2,000,000
18- Tunis, Tunisia: 1,990,000
19- Lomé, Togo: 1,941,000
20- Conakry, Guinea: 1,930,000
21- Brazzaville, Congo: 1,850,000
22- Rabat, Morocco: 1,845,000
23- Lyon, France: 1,583,000
24- Marseille, France: 1,397,000
25- N'Djamena, Chad: 1,260,000

Source: Metropolitan area populations, Demographia.

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