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亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2017年12月

日本語 / English / Français
最終更新: 2018年1月1日

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■2017年を振り返って (2017/12/31)
■パリ日記: 原稿執筆とアラビア語の日々/2017年12月のまとめ日記 (2017/12/30)
■パリ日記: 【博物館展示会評】あるマリの写真家の展覧会 (2017/12/26)


2017年12月31日 (日)

■2017年を振り返って

パリに引っ越してきて、うろうろしているうちに、早くも年末です。

年末の最終日に、朗報がまいこんだ。第9回世界アフリカ言語学会議(WOCAL9)に提出した口頭発表が採択されたとのことだった。来年8月、モロッコでの大会に参加します。7月の南米(ブラジル)に続き、北アフリカを訪れるのも初めてです。

■マイ重大ニュース(1-5位)
今年1年を特徴付けるできごとを五つ選んでみました。

(1) 大学就職後、初の長期在外研究(4月〜現在)
1年も日本を留守にするというのは、本当に20年ぶりくらいなので(1996-1998年のカメルーン滞在(1年5か月)以来)。2017年の重要なことがらはほぼそれに尽きる、という感じです。最初の6か月はコートジボワールのアビジャン、続く3か月はフランスのパリ。両都市を中心としながらも、カナダ、スイス、ガーナ、アメリカ、ベルギーと、ずいぶんと移動を繰り返しました。西アフリカ(コートジボワール)、ヨーロッパ(フランス、ベルギー、スイス)、北米(カナダのケベック)と、世界の主要なフランス語圏地域を網羅したことも、私の研究歴としてはひとつの達成。研究者の知人もずいぶんと増えました。

[関連日記]
2017年4月以降のすべて: [4月] [5月] [6月] [7月] [8月] [9月] [10月] [11月] [12月]

(2) 熱帯熱マラリアを患った(5-6月)
アビジャン滞在中に、マラリアを発症。20年間アフリカに通っていて、今回が初めてのことです。知人たちに聞いてみると、ああ、マラリアね、カゼみたいなものだよね、とか言う。でも、あれは、二度とやりたくないと思う。

[関連日記]
■アビジャン日記 (7): 豪雨、停電にもめげず動画の編集/はじめてのマラリア (2017/05/27)
■アビジャン日記 (8): マラリア静養の1週間 (2017/06/03)
■アビジャン日記 (12): スイス出発前のひと仕事/マラリア治療、8万円 (2017/06/27)

(3) 『子どもたちの生きるアフリカ』刊行(10月)
2010年ころからずっと地道に研究会を開いてきたアフリカ子ども学のグループで、初の書籍を刊行することができた。研究仲間たちの尽力でこれがようやく達成できたが、とりわけ共編者の清水貴夫さん(広島大学)、編集者の松井久見子さん(昭和堂)、研究助成の計らいをいただいた田中樹さん(総合地球環境学研究所)のご恩は計り知れない。あらためて感謝を申し上げます。

[関連ページ]
『子どもたちの生きるアフリカ: 伝統と開発がせめぎあう大地で』

(4) フランス語とアラビア語の世界に入る(4月〜現在)
日本語に囲まれて暮らし、英語の文献や情報に触れることがある、というふだんの暮らしを飛び出して、基本の生活と仕事はフランス語、英語や日本語が少しまざる、勉強としては新たにアラビア語に挑戦、さらに、アビジャンではフランス語圏アフリカ手話で仕事をし、パリでは新たにフランス手話の知人と会う機会が増えた、というふうに、使用言語とその優先順位が強制的に変わった1年。国際ニュースの情報量も、世界を見る視点も、かなりずれてきて、日本語と日本中心+英語とアメリカ偏重という立ち位置を大きくずらすよい経験になった。

[関連日記]
■パリ日記: 原稿執筆とアラビア語の日々/2017年12月のまとめ日記 (2017/12/30)

(5) 『手の百科事典』刊行(6月)
数年越しのプロジェクト、ついに完結。超分厚い事典が刊行されました。苦労しました…。

[関連ページ/関連日記]
『手の百科事典』
■朝倉書店『手の百科事典』刊行:いち編集委員より (2017/08/18)

■業績のたなおろし:書いたもの
本と事典の完成が、うれしかったですね。一部は、アビジャンに持ち込んで仕事をしていました。そのほか、2015年の第8回世界アフリカ言語学会議(WOCAL8、京都)の全体共同講演が、ようやく査読付きの英文で出版されて、これもひとつの達成となりました。

さらに、日本語雑誌での依頼原稿をいくつか。マラリアの病み上がりのなか、ちまちまと原稿を書き進めていた、アビジャンのアパートの風景を思い出します。

書籍
清水貴夫・亀井伸孝編. 2017. 『子どもたちの生きるアフリカ: 伝統と開発がせめぎあう大地で』京都: 昭和堂.

事典編纂
バイオメカニズム学会編. 編集委員代表: 岡田守彦. 2017. 『手の百科事典』東京: 朝倉書店.
亀井伸孝の役割: 編集委員, 「第5編: 生活編」(pp.407-584) 編集担当, 以下の4章の項目寄稿者, 「はじめに」(岡田守彦, pp.i-ii) 共同執筆者.
亀井伸孝の執筆担当章: 「手の遊び」(pp.438-442), 「手と暴力、犯罪、刑罰」(pp.533-536), 「手の拡張としての道具、手を模した道具」(pp.537-540), 「架空の生物、キャラクターの手」(pp.582-584)

学術論文 (査読あり)
Sanogo, Yédê Adama & Nobutaka Kamei. 2017. Promotion of sign language research by the African Deaf community: Cases in French-speaking West and Central Africa. In: Kaji, Shigeki ed. Proceedings of the 8th World Congress of African Linguistics. Fuchu: Research Institute for Languages and Cultures of Asia and Africa, Tokyo University of Foreign Studies. 411-424.

報告書・紀要論文 (査読なし)

Kamei, Nobutaka. 2017. Anthropological research on sign languages in French-speaking West and Central Africa. Dans : Carnets de chercheurs. La Fondation France-Japon (FFJ) de l'Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales (EHESS) (le 7 décembre 2017).

亀井伸孝. 印刷中. 「西アフリカ言語学会主催・第30回西アフリカ言語会議(WALC2017)参加報告」『アフリカ研究』(日本アフリカ学会) 92 (2017年12月): ページ未定.

亀井伸孝. 2017. 「フィールドワークにおける視覚的表現の活用: 社会調査実習の成果と近未来の課題」松尾浩一郎編. 特集「調査と表現: 伝えるための戦略」『社会と調査』(編集・発行: 一般社団法人社会調査協会; 制作・販売: 京都: 京都通信社) 19: 23-34.

亀井伸孝. 2017. 「多様性を包摂する社会を目指して: 文化人類学の三つのメッセージ」(日本学術会議地域研究委員会人類学分科会シンポジウム「新科目「公共」に向けて: 文化人類学からの提案」竹沢泰子編『人種化のプロセスとメカニズムに関する複合的研究: 平成28年度研究成果報告書』京都大学人文科学研究所. 93-98.

亀井伸孝. 2017. 「講演: アフリカ子ども学の試み: そのねらいと展望」『チャイルド・サイエンス』(日本子ども学会) 13: 16-19.

亀井伸孝. 2017. 「新しい優生思想としての"コミュ障": 異文化間の快適な対話を目指して」(山登敬之編: 特別企画「"コミュ障" を超えて」)『こころの科学』(日本評論社) 191 (2017年1月): 57-63.

エッセイ・ニュースレターなど:多数(こちらをご覧ください

■業績のたなおろし:話したもの
とにかく、英語とフランス語でよく発表した!という感じで、駆け回った1年です。時間があるのは今のうちだけ、という思いで、アフリカ研究と人類学と言語学の関係の会合があればとにかく出かけました。

最も名誉だったのは、第30回西アフリカ言語会議(WALC)で、全体講演の役割をいただいたこと(関連日記)。学会一般発表も3回。4回とも、いずれも英語だった。

学会以外の研究会発表や講演は、計10回。うち8回はフランス語で、英語と日本語が1回ずつ。これも一種のフランス語の実習だと思って、お誘いがあれば喜んで出かけていった。フランス語はようとしてうまくならないのだが、場数だけは踏んだおかげで、人前に出ても怖じけずに大きな態度でしゃべれるようになってきた。

学会等招待講演
Kamei, Nobutaka. 2017. Plenary 1: The role of sign language and research for the integration and development of West Africa: Cases in English-speaking and French-speaking Africa. In: the 30th West African Languages Congress (WALC2017) organized by the West African Linguistic Society (WALS/SLAO) (August 1, 2017, University of Education, Winneba, Winneba, Effutu, Central Region, Ghana).

学会発表
Kamei, Nobutaka. 2017. Institutions as the incubators of linguistic minority: The history of Deaf education in Africa and the role of knowledge resources. In: The 60th Annual Meeting of the African Studies Association (ASA), Panel XII-J-1 "Language and the politics of categorisation in contemporary Africa" (November 18, 2017, Chicago Marriott Downtown Magnificent Mile, Chicago, Illinois, USA).

Kamei, Nobutaka. 2017. Mobility of urban Deaf persons in Africa: The creation of sign languages and identities. In: the 7th European Conference on African Studies (ECAS7), panel P176 "Mobility within Africa: A sociolinguistic perspective" (convenors: Cécile Vigouroux and Susana Castillo-Rodriguez) (June 30, 2017, University of Basel, Basel, Basel-Stadt, Switzerland).

Kamei, Nobutaka. 2017. A new emerging identity of Langue des Signes d'Afrique Francophone (LSAF): A legacy and new movements of the Deaf community in West and Central Africa. In: the 2017 Inter-Congress, International Union of Anthropological and Ethnological Sciences (IUAES), the Session RM-LL04 "Minority language ideologies on the move" (convenors: P. Kerim Friedman and Tzu-kai Liu) (May 6, 2017, University of Ottawa, Ottawa, Ontario, Canada).

研究会発表・講演など:多数(こちらをご覧ください

■ウェブでのアクティビティ
アビジャンでは、ウェブへの接続が非常に限られていたので、SNS の類を一切を止めて、すきま時間に黙々と「ジンルイ日記」を書いていた。おかげで、栄誉も恥もすべて含めて、アビジャン生活の記録ができた。

一方、フランスに引っ越してくると、ほぼ無制限の高速ウェブサービスが生活でいつでも使える状況になり、ついったらー復活のせいもあって、ウェブ日記を書く意欲が減退してしまった。

今でも覚えているが、4月上旬に日本を出るときは、フォローしてくださっていた方の数、最大「8,080」であった。やがてアビジャン暮らしで(日記掲載の報告以外)つぶやくことを止めて、徐々に数が減退。「7,830」くらいになった。

10月上旬にまたぶつぶつ言い始めて、総選挙だの科研費だの武器輸出だの、日本と世界のいろんなニュースにうだうだ口を挟み始めたら、時どき燃え盛ったりもしたようで、元の8,000台に復帰、年末までにさらに数百人のフォローをいただくに及んだ。

なお、「#個人的ツイートランキング2017」の解析によると、「KAMEI Nobutakaさんは今年904件のツイートをして、85055件のいいねと104198件のリツイートをもらいました!」だそうです。

ついとは、当たる時も当たらない時もある。人びとに有益な情報かどうか、賛同を招くかどうか、関心をもたれるかどうか、それは、書いてみないと分からない。想定外に、当たることもあれば、外れることもある。でも、そんなことを気にせず、新ネタがまいこんだら、とりあえず表現して次へと進む。

あ、これって論文と同じだな、と思っている。それが有益であるか、引用されるか、または空振りに終わるか。それは書いて世に出してみないと分からないのである。引用や評価は、常に事後的にのみ付いてくるもの。数十年後に脚光を浴びることがあるかもしれないし、ないかもしれない。だから、いちいち評価など気にせず、新ネタを見つけては書き続けるの一手に尽きる。「140字の100倍ほどの長さのついとを量産する」感じで、来年も軽快に書き、そして話していく生き方をしていきたいと思う。

今年1年、お引き立てくださいました各位に厚くお礼を申し上げます。みなさま、どうぞよいお年をお迎えくださいよう。

■【記録】データで見る2017年の活動歴
新幹線乗車回数: 17回
航空機搭乗回数: 16回(今年はこれが多かった)
滞在国・地域数: 8か国・地域(日本、フランス、コートジボワール、カナダ、スイス、ガーナ、アメリカ、ベルギー)(今年はこれも多かった)
Twitter 年末データ:
[2017年末のついとデータ:ついと数9,515; フォロー363; フォロワー8,663]
[2016年末のついとデータ:ついと数8,600; フォロー321; フォロワー6,878]
>> 2017年の実績: ついと数915増; フォロー42増; フォロワー1,785増


2017年12月30日 (土)

■パリ日記: 原稿執筆とアラビア語の日々/2017年12月のまとめ日記

12月は、11月の猛然とした発表ラッシュを終えて、少しペースを落とし、ゆっくりと自分の勉強を優先していました。街は、クリスマス商戦でにぎやかだし、あちこちでマルシェが立っていて、立ち寄るのも楽しい季節です。

■アラビア語
11月の末から、毎週土曜日、Institut National des Langues et Civilisations Orientales(国立東洋言語文化研究所、INALCO)で開催されているアラビア語初級の集中講義に通い始めた。ものすごい早さの進度。そして、ある程度の経験者たちも受講していると思われるなか、フランス語での説明を聞きながら、慣れないアラビア文字の猛特訓をする。

いやー。これ、キツかったですよ。それでも、落ちこぼれギリギリでついていっている私を寛大にフォローしながら、なんとか包摂して進めてくれる講師の方には感謝だし、級友たちにもずいぶんと助けてもらった。

ふだん授業をする側の立場に慣れていて、授業を受ける側になるのは久しぶりだったので、非常にいいクスリになった。受講する側の気持ち、とくに言語的マイノリティであったり、前提知識がなかったり、という立場の学生に、どういうふうに配慮していったらいいのかを、自分の経験とともに痛切に学ぶよい機会となった。

なお、INALCOのすぐ近くにいつもトラックを停めて、お弁当を販売している店がある。聞いてみると、セネガルごはん tchèp ではありませんか。毎週、3ユーロの赤いご飯のお弁当を買って、それを励みに、アラビア語に没頭する日々。

年明けは、レベル2にグレードアップして再開です。ついていけるかな…。しばらくがんばって食い下がろうと思います。

■ベルギー出張
リエージュ大学でのおよばれ研究会で、ベルギーに出張。これは、別途「ベルギー・リエージュ日記」にて。

■小論をふたつ書き上げる
今月は、ベルギー出張の前と後の時間を利用して、短い原稿をふたつ仕上げた。

ひとつは、アフリカ子ども学に関連すること。『子どもたちの生きるアフリカ』の編集を終えた後の思いのたけを、短いウェブメディアのために執筆した。もちろん新刊書のおひろめという意図もあるのだけれど、本書を編集して、できた!という思いと、どうにもやり残した感のあるところ、いずれもが思いとして蓄積しているので、今後のためにも一度ことばとして書いておいた方がよいと思ったわけである。いずれ、ご紹介する機会があると思います。

もうひとつは、人種をめぐる博物館展示に関する小論である。パリ(人類博物館)とシカゴ(シカゴ歴史博物館)と、ふたつの都市でたまたま開催されていた、人種と人種主義をめぐる特別展を見る機会があったので、その参観記録をまとめた。その比較から、近年の人種/人種主義をめぐる動向も見えてくるし、そこから日本の私たちが学びうることも浮かんでくる。いま投稿先に相談中で、いずれ何かの形で日の目を見ることと思います。

クリスマス休暇の後は、教職員も学生もほとんどいなくて、静かな研究所でひとり黙々と原稿を書くのは、実に気持ちのよいことであった。

■早くも来年度の準備いろいろ
今月は、もう来年度の準備がもろもろ始まった。

まず、学会の仕込みをいろいろ。国際人類学民族科学連合(IUAES)に提出した、アフリカ子ども学に関する分科会が採択されたという報がまいこんだ。来年7月、ブラジルでの世界大会に参加します。初めての南米訪問となる予定。今から楽しみです。また、アフリカ子ども学の本ができたのを勢いに、いくつかの日本国内学会での発表などの打ち合わせを始める。

それから、来年度の授業の仕込みが本格化。時間割作成、ゼミ選択、そして一部ではシラバスの執筆や教室希望調査も始まった。こうなると、もうパリに住んでいても世界どこにいても、気分は愛知県のキャンパスである。

■【記録】今月の参加行事/博物館など
20171201, ENS
Soutenance de Thèse, (Ecole doctorale de l'EHESS)
ARISTODEMO Vita Maria Valentina « Gradable Constructions in italian Sign Language »

20171203
Musée national Picasso-Paris, exposition "Picasso 1932. Année érotique" (Paris)

20171205, EHESS
Cycle des conférences publiques de l'Institut d'études de l'Islam et des sociétés du monde musulman, Cycle "Afriques : sociétés en mouvement" Nouveaux regards sur l'esclavage
Anaïs Wion « L'esclavage et le travail contraint dans l'Éthiopie chrétienne médiévale et pré-contemporaine »
Henri Médard « Une redéfinition des catégories de genre en Afrique orientale au XIX e siècle. L'esclavage au royaume du Buganda (Ouganda) »

20171211, Université Paris-Descartes
Journée d'étude "Les mondes en mouvement de Georges Balandier"

20171213, EHESS
Séminaire "Les Deaf Studies en question"
Écrire l'histoire des sourds. Enjeux linguistiques et épistémologiques. Partie I
Didier Séguillon, Yann et Angélique Cantin

20171215, IMAF
Journée d'études "Apprendre de l'enfance et de l'enfant : expérience de l'Afrique et de l'Asie"

20171218, Université de Liège, Liège, Belgique
Workshop enfants et rites (I) : des sujets, des acteurs ou des objets ? : regards anthropologiques sur les modes de participation des enfants aux pratiques rituelles

20171219, Université de Liège, Liège, Belgique
Cycle de conférences du Laboratoire d'anthropologie sociale et culturelle (LASC), Faculté des sciences sociales, Université de Liège "Les communautés sourdes et la langue des signes en Afrique francophone : la recherche anthropologique et les méthodes sur le terrain"
KAMEI Nobutaka

20171220
Musée de la Vie wallonne, exposition "JOUET STAR" (Liège)

20171221, Musée du quai Branly - Jacques Chirac
Conférence : Véronique Lassailly-Jacob "L’asile en Afrique australe : Exil et retour des réfugiés mozambicains du camp d’Ukwimi en Zambie (1992-2007)"

20171223
Musée du Domaine départemental de Sceaux, exposition "Picasso devant la nature" (Sceaux)

20171226
Fondation Cartier pour l'art contemporain, exposition "Malick Sidibé, Mali Twist‎" (Paris)

20171227
Musée de l'Homme, exposition "Nous et les autres : des préjugés au racisme" (Paris)


2017年12月26日 (火)

■パリ日記: 【博物館展示会評】あるマリの写真家の展覧会

Exposition "Malick Sidibé, Mali Twist‎"
Fondation Cartier pour l'art contemporain (Paris) [website]
Du 20 octobre 2017 au 25 février 2018

これが想定していた以上にすてきな展示会だったので、訪問参観メモを書いてみたい。

Malick Sidibé 氏。西アフリカ、マリ出身の写真家。正直言って彼のことを私はよく知らなかったのだが、世界でさまざまな賞を受賞するなど、国際的に評価の高い写真家であったようである。2016年に逝去、その業績を振り返る特別展がパリで開かれていた。

彼の写真は、とびぬけて奇抜であったり、独創的であったりするのではない。マリのバマコ市に写真館を構え、そこを訪れる人たちの肖像写真を延々と撮り続けた。また、1960年代から1970年代にかけての、独立後まもないマリの若者たちの姿、とりわけ、クラブに集って踊ったり、川で水浴びをする男女を活写した。いずれもモノクロの、地味な作品である。

このバマコの写真家の地道な撮影活動が、なぜ世界的に脚光を浴びたのだろうか。いろいろと要因があるのだろうが、私が関心を引かれたポイントをいくつか書いてみたい。

まず、独立直後のマリを描いたことである。「従属的で無力な植民地アフリカの人たち」という偏見、人種主義、そして文化的後進地というステレオタイプのイメージのなか、洋装で気取ってポーズをとり、クリスマスパーティに集ってダンスホールで踊るおしゃれなマリの男女を写し取って世界に発信したことは、当時のヨーロッパに蔓延するアフリカイメージを覆す迫力をもったのであろう。

次に、奔放な若者たちの現実を活写したことである。肌もあらわな水着でたわむれる若い男女など、イスラームの保守的な社会というイメージを覆す新しいアフリカを示したことが、大きな反響につながったのではないか。それと関連してか、今回の写真展でも、伝統的な衣装をまとった人びとの姿も含まれてはいたものに、割合としては少なく、また、儀礼や生業の風景を撮ったものをほぼ見かけることもなかった。都市の若者文化を得意ジャンルとしていたようである。

地下ホールで上映されていた、氏の生前のマリでの撮影活動を紹介するドキュメンタリー映像作品を見た。とてもおもしろかったのは、1960〜70年代当時の写真に写っていたはじけて遊びまくる青年たちが、いずれも恰幅のよい高齢者になっていて、組織の重役になっていたり、敬虔なムスリムになっていたりしたことである。かつての写真は、新しく若い変わりゆくアフリカの文化の一断面を示していたのであろうが、高齢化した当時の若者たちが、体制と文化・慣習を守る側の立場になり、かつての写真を見ながら懐かしがって笑っている。そこに、変わりゆくアフリカと、変わらず保持されているアフリカの両面を見るような思いがする。

さらに、当時の写真に写っていた、水着姿で川遊びをする少女たちに関する逸話が印象的であった。かつてのその姿は、解放感にあふれた、躍動的な若いアフリカを象徴するような写真であったが、当時の少女たちはやがてヒジャブを被るムスリマとなり、当時の写真と向き合うことを避けていると、映像作品の中で解説されていた。肌を出して川で遊ぶことは、少年たちにとってはありふれた行為である一方で、少女たちにとっては、ことによると将来結婚できなくなるリスクを抱える行為であるとも指摘されていた。

そうか、独立直後の「解放感あふれるアフリカの若者」の写真は、一面では新しい時代を象徴する風景として世界に流通した一方で、実は、ローカルな文脈ではいろいろと政治性を帯びた作品であったのかもしれない。撮影や調査の倫理というテーマにも、少し考えが及んでしまった。

もうひとつ、私が深い印象をもって記憶したことがらがある。1960年、仏領植民地がマリとして独立、それとともにフランス軍が撤退していった。軍が撤退するにあたって、所持していた写真関係の機材を放出したが、彼はそれらを買い取って、写真家としての生業を確立させた。つまり、言い方は慎重であるべきだが、彼が写真家として大成する背景には、フランス軍が写真関係の機材をアフリカに持ち込み、それを置いて出ていったことが関係していた。その経緯をあげつらって氏の生涯と業績を否定する意図はまったくないけれども、「植民地支配」というものがもたらす知られざる複雑な影響と後世への余波というものを考えさせられた。結果的に、彼は世界に受け入れられ、旧宗主国の首都パリで、没後のいま大規模展覧会が開かれているわけである。植民地の歴史というのは、本当につかみがたい。奥が深い。

植民地支配から独立へと向かい、世界が新しいアフリカの変化に関心を寄せていた時代に、ちょうどその期待にマッチするような形で新しいアフリカの姿の発信を行った写真家の生涯は、アフリカ史のひとこまとして、記憶に残されてよいだろう。そんな印象をもたらしてくれた展覧会であった。



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