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亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2020年2月

日本語 / English / Français
最終更新: 2020年2月22日

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■日本学術会議シンポジウム「ヒト/ひとの「ちがい」って何だろう」 (2020/02/22)
■日本文化人類学会の代議員に選出 (2020/02/21)
■フランスで開かれる少数言語の国際会議、発表採択! (2020/02/20)
■日本アフラシア学会(JSAS)2020年名古屋大会発表募集 (2020/02/19)
■日本アフリカ学会の理事に選出 (2020/02/18)
■おでん始めました/続いてます/やめられない (2020/02/17)
■ニュースで学ぶ文化人類学/アフリカ研究 (2020/02/16)
■文部科学省『文部科学広報』(329号, 2019年10月) に写真展の記事掲載 (2020/02/15)
■カカオの本当の楽しみ方 (2020/02/14)
■国際人類学民族科学連合(IUAES)2020年会議(クロアチア)の発表募集 (2020/02/13)
■卒論と修論が終わり、そして博士論文 (2020/02/12)
■マンデラ氏釈放30周年、そしてあの産経新聞コラムの余波 (2020/02/11)
■学内の人事評価で「特に良好な業績」を上げた教員に選定 (2020/02/10)
■ひな人形と身分社会 (2020/02/09)
■梅見と桜見 (2020/02/08)
■13通の査読票 (2020/02/07)
■本当の節約とは、買わないこと (2020/02/06)
■アウシュビッツ解放75周年 (2020/02/05)
■「不審者がいた」というお知らせ (2020/02/04)
■今年度最終ゼミ (2020/02/03)
■福島の「復興」とオリンピック (2020/02/02)
■Brexit の朝 (2020/02/01)


2020年2月22日 (土)

■日本学術会議シンポジウム「ヒト/ひとの「ちがい」って何だろう」

日本学術会議が開催する行事の広報協力です。

日本学術会議文化人類学分科会・多文化共生分科会・自然人類学分科会合同シンポジウム
「ヒト/ひとの「ちがい」って何だろう: 人類学者が文理融合で語るグローバル化時代の日本」

日本社会において国際化・多様化が急速に進むなか、異なる背景をもつ人どうしが接触する機会が増している。そのような場合、身体的特徴、あるいは文化的慣習が「ちがう」と感じることも多いのではないだろうか。ヒトが「ちがう」とはどういうことか。何が「ちがう」のか。そもそも本当に「ちがう」のだろうか。

本フォーラムでは、日本列島に住む人々が、自分と異なる背景をもつ隣人たちをよりよく理解するための一助となるように、会場の参加者と人類学の知見を共有し、共生のあり方をともに考えたい。第一線で活躍する文化人類学者と自然人類学者による文理融合のコラボレーションが実現する貴重な機会となるであろう。

日時 2020年3月1日(日)13:30-17:00
開催地 日本学術会議講堂(東京都港区六本木7-22-34)
入場無料・申し込み不要

・開会のあいさつ 山極壽一(自然人類学分科会委員長/京都大学)
・趣旨説明 竹沢泰子(多文化共生分科会委員長/京都大学人文科学研究所)
・海部陽介(国立科学博物館・人類研究部)「ホモ・サピエンスの歴史から理解するヒトの多様性」
・斎藤成也(国立遺伝学研究所・琉球大学医学部)「DNAレベルにおけるヒトの進化: 小さな「ちがい」にこだわるわれわれ」
・木村亮介(琉球大学医学部)「ヒト集団間の形質のちがい」
・竹沢泰子「人のカテゴリー化と「ちがい」」
・陳天璽(早稲田大学国際教養学部)「"血・骨・肉"のイメージは何処に?: 横浜中華街の路地裏から」
・松田素二(京都大学文学研究科)「文化の「ちがい」をどう考えるか」
・コメントおよび質疑応答 山極壽一/田辺明生(東京大学総合文化研究科)
・閉会のあいさつ 高倉浩樹(文化人類学分科会委員長/東北大学東北アジア研究センター)

主催:日本学術会議地域研究委員会文化人類学分科会、多文化共生分科会、基礎生物学委員会・統合生物学委員会合同自然人類学分科会

[行事ウェブページ]
[ちらし] (PDF)


2020年2月21日 (金)

■日本文化人類学会の代議員に選出

通知メールがまいこんだ。

日本文化人類学会第29期代議員選出のお知らせ

日本文化人類学会第29期代議員に選出されたみなさま

あなたは、この度行われました日本文化人類学会第29回代議員選挙で、日本文化人類学会第29期代議員(任期:2020年4月1日~2022年3月31日)に選出されました。まずは略儀ながら、メールにてご通知申し上げます。

第29回代議員選挙管理委員会

うっ…

こちらも、来てしまいました。

つい先日、日本アフリカ学会の理事選出というお知らせがまいこんで、それは厳粛に受け止めたのだけれど。もうひとつの私の主たる所属学会であるこちらでも、ほぼ同時に選挙が行われていて、立て続けにこういうことに。

なお、代議員というのは、これまで「評議員」と呼ばれていたもの。日本文化人類学会が先日法人化したことに伴い、名称が「代議員」となった。2012年に評議員に初選出、同時に理事になり、2016年まで2期4年のおつとめ。3期連続選出不可の規定による、2年間のお休みを挟んで、2018年からまた評議員・理事を2年。通算6年働きました。そして、今回の連絡である。

票を入れてくださった会員各位には、お礼と言いますか、敬意と言いますか、このかめいが学会運営の仕事を任せるに値するやつだと見なしてくださったことに、まずは頭を下げたいと思います。これもひとつの評価であり、信任であるからです。

しかし…。迫り来る仕事の足音…。

なお、本学会が法人化したことに伴い、代議員に選出された方は、引き続いて、理事予備選挙にご投票いただくことになります(締め切りは3月13日です)。

謹んで、投票をしたいと思います。学会運営をお任せするに値する、有能な方たちに。


2020年2月20日 (木)

■フランスで開かれる少数言語の国際会議、発表採択!

今年の5月、パリで、少数言語に関する国際会議が開催される。そこでの発表の応募をしていたが、今朝、その採択の報がまいこんだ。

International conference of minority languages spoken or signed and inclusive spaces
2020年5月25-27日
フランス, イル=ド=フランス, オー=ド=セーヌ, シュレンヌ
Institut national supérieur de formation et de recherche pour l'éducation des jeunes handicapés et les enseignements adaptés (INSHEA)
[国際会議ウェブサイト]

朝、寝ぼけた眼でスマホの着信メールを見ていて、"accepted" の文字を見付け、ふっと目が覚めた。主催者から届いた連絡内容によれば、多数の応募があった中、2名の匿名査読者による審査を経て、口頭発表と論集掲載の受理をしました、と。

ぼつぼつ静かにがんばっていると、時どきこういういいニュースがまいこむな、と思い、ふっと心が明るくなった。

この学会への申請をがんばっていたのは、昨年の暮れ。2019年12月20日、ちょうど東京霞が関の文部科学省情報ひろばで、「フィールドワーク写真展」閉幕のための作業があり、学生たちと展示の撤収をしていた。そして、その日がこの学会の応募の〆切日であった。

学生たちと、楽しい有意義な写真展の最終作業をし、文科省の最寄りのコンビニですべての荷物を宅急便発送して、ではみなさんおつかれさま、気を付けて名古屋に帰ってね、と別れた後、私は猛然とこの学会発表のための英文要旨の完成を急いだ。

フランスで開催される学会だから、「12/20金まで」というのは、つまりフランス時間における12/20金の24:00までであって、日本時間なら12/21土の朝8:00まで許容されるのではなかろうか、などと、時差を念頭に置いたケチくさい計算をしていた。とにかく書き上げて、日本時間の真夜中に要旨をアップロードしようとしたところ、「〆切は1/15に延期」とウェブサイトに掲示されていた。とたんに拍子抜け。

1か月寝かせて、熟成させ、といっても、この時期は卒論と修論のラッシュであったため、ほとんど手つかず。すべてが嵐のように過ぎ去った1月中旬に、あらためて草稿を見直して、ほとんど修正することもなく、アップロード。それから1か月。無事の採択の報が届いた。ふっと心が軽くなった。〆切に向けてがんばってよかった…。

会場となる教育機関 INSHEA は、一度訪ねたことがある。2017年秋、長期在外研究でパリに滞在していた時に、知人の研究者に誘われて、1コマのゲスト講義をしに行ったのである。教員や学生たちとの対話は、なごやかで面白かった。ただ、たしか日光が差し込む明るすぎる講義室で、せっかく作り込んだ PowerPoint スライドがほとんど見えなかったというハプニングがあった。今度の学会では、そういうことがありませんように、と願っている。

さて、今から旅行の手配を始めるか。5月の下旬。授業期間のど真ん中である。この週は、あいにく休講にするしかないだろう。

もうひとつ、今からすでに心配し始めていることだが、この学会が開催される週は、ふたつの国内学会の大会のはざまにある。

・日本アフリカ学会第57回学術大会 (2020年5月23-24日, 東京都府中市, 東京外国語大学)
・日本文化人類学会第54回研究大会 (2020年5月29-31日, 東京都新宿区, 早稲田大学戸山キャンパス)

いずれも、私にとっては重要な学会であり、すでに発表採択の連絡を受けているものもある。さらに、これらの学会ではいろいろ役職などの細かい仕事が伴っていて、非常に欠席しにくいのである。

うーん。採択の報を受け取るとほぼ同時に、東京-パリの往復航空機の発着日時などを調べ始めた。国内-海外-国内、三つの学会をハシゴする術はあるだろうか。予算はどれほどか。秋の IUAES クロアチア大会に行く予算は残りそうか。

フランス在住の知人たちに、さっそくこの学会採択の報を告げた。おめでとう!ぜひ会いましょう!というお返事があった。うれしかったな。コロナウィルスを口実に、アジア系の人たちがが侮蔑、忌避されがちという状況のなか、こうして分け隔てなく接してくれるフランスの知人たちには信頼が置けるし、これからもこういう縁を大切にしようと思う。A bientôt !


2020年2月19日 (水)

■日本アフラシア学会(JSAS)2020年名古屋大会発表募集

名古屋で開かれるアフリカ研究関係の大会のお知らせが来たので紹介します。

日本アフラシア学会(JSAS)2020年名古屋大会のご案内

Japan Society for Afrasian Studies (JSAS)
https://www.afrasia.org/

JSAS 2020 Conference in Nagoya
Call for Papers
Proposal Submission Deadline: April 30, Thursday, 2020
Conference Date: July 4, Saturday, 2020
Conference Venue: Nagoya University
[Call for papers]

Japan Society for Afrasian Studies (JSAS), 2020 International Conference at Nagoya University, on July 4th, 2020
-Beyond Natural Resources: The Value of Human Capital in the New Afrasian Connectivity-

We are pleased to announce that the third international conference of the Japan Society for Afrasian Studies (JSAS 2020) will be held at Nagoya University in Aichi on July 4th this year, and we are inviting researchers, practitioners, and students, to send original research abstracts.

About JSAS
JSAS is a multi-disciplinary research platform of African studies in Japan/Asia and, potentially, of Japanese/Asian studies in Africa, and its focus is the creation of intercultural and intergenerational links to facilitate dialogue among participants on issues affecting Africa and Asia.

Theme
The proposed theme for JSAS 2020, Beyond Natural Resources: The Value of Human Capital in the New Afrasian Connectivity, has been inspired by that of TICAD VII (2019): "Advancing Africa's Development through People, Technology and Innovation," Through this theme, the Japanese Government intended to strongly boost Africa's development through assistance that is unique to Japan given her strengths such as human resource development as well as science, technology and innovation. Nagoya JSAS intends to keep this theme alive, as well as the realization that the greater Africa and Asia regions have some of the world’s youngest and most rapidly growing populations. Rapid demographic changes on the two continents must be kept in mind. The importance of human capital in alleviating poverty must be put above the exploitation of natural resources and the acceleration of development projects that exclude Africa and Asia’s masses. The value of human capital, especially the grassroots and the rapidly increasing young population, will be at the center of presentations and discussion at JSAS 2020.
The conference language is English.

How to apply
Please send your proposals by word file attachment to: jsas.nagoya[at]gmail.com by April 30th 2020.
Proposals should include the following:

a. Title
b. Name(s) of presenter(s) and affiliation(s)
c. A 300-word (maximum) abstract

The Conference Organizing Committee will examine the submitted proposals.
Accepted papers will be notified by May 15th. Presenters will also be required to submit a short biography and extended abstract of approximately 1,000 words for commentators and workshop chair by June 15th.

Please note that prospective presenters need to be members of JSAS. In order to become a member, visit the JSAS website https://www.afrasia.org/membership

Conference Program
The one-day conference will be held on July 4th (Saturday) 2020. In the morning, we will have two key note speeches followed by a plenary session. The academic presentations will take place in the afternoon starting at 13:00. The conference program will be released by June 25th.

Venue
Nagoya University, Graduate School of International Development
https://www.gsid.nagoya-u.ac.jp/

Registration and other information
Information regarding conference fees and pre-registration procedures will be announced in due time.

Inquiries
Inquiries about the workshop should be directed to: cotchia[at]gmail.com or vicknnyanzi[at]gmail.com.


2020年2月18日 (火)

■日本アフリカ学会の理事に選出

一通のメール連絡がまいこんだ。

「このたび、日本アフリカ学会の理事選挙において、貴殿が理事に選出されました」

うっ…

来てしまいましたね…。とうとうお鉢が回ってきましたという感じです。年齢や世代を考えると、そろそろそういう仕事をする順番になるのかもしれません。

先月、この学会の評議員に選出されたのが31人。その内、評議員どうしの互選によって理事になるのが15人。だから、確率は半分くらいであった。

そうかあ、そうなりますか。私よりも優れた研究をしていて、仕事の早い人たちがたくさんいるというのに…。

これから2年間、この学会のために無償労働奉仕をすることになる。いや、仕事のことのみでなく、学界に関する責任を負うということのずしりとした重みがある。会員として何かを要望するだけでなく、要望を受けて実現する義務を負う側になる。社会の期待や要請に応える責務もあるように感じている。

ブツブツ言っていてもしょうがない。会員、そして評議員各位に信任いただいたことを厳粛に受け止め、これから2年間、執行部の末席を占めつつ、少し何かお手伝いできればと思います。

(なお、近未来に、ある事態が生じることだけは避けたいなあと切に望んでいますが…。未確定のことなので、今の時点では何も言えません。これはひとりごと)


2020年2月17日 (月)

■おでん始めました/続いてます/やめられない

昨年の12月頃だったか。今冬もおでんを始めた。Twitter で「おでん始めました」の宣言。

牛スジとタコをクツクツと出汁で煮込み、並行して、大根、コンニャク、卵をゆでて下ごしらえ。やがてこれらを統合し、しばらく煮続ける。仕上げに、湯通しした練り物を投入して、温まったら、からしを付けて、いただきます!

中身が減ってきたら、また次の具材を投入する。時どき細かい食材のかけらが底にたまってくるので、ザルで出汁をこして大掃除をする。そしてまた、牛スジとタコから始まる。このサイクルの繰り返し。

メリット。おでん出汁はだいたい何を煮ても受け入れてくれるので、こういう包容力のある鍋が一個あると、日々のおかずに困らない。毎日、今晩は何にしようかな…などと悩むまでもなく、適当な具材を調達して補充していれば、とりあえず温かくおいしくいただける。珍しい具材を入れてみようかな、これ入れたら面白そう、と、店頭でネタを物色するのもまた楽しい。そう、私はだいたい「面白さ」で具材を選んでいる。

もっとも、しばらく続けていると少し飽きてくるので、別のおかずにしようかな…などとも考える。しかし、一度大根を買ったら、なくなるまでは続ける必要があるし。大根を続けるためには、練り物も買い足さねばならないし。それらが減ってきた頃に、ちょうど牛スジやタコの安売りが見付かったりする。せっかく安いんだし、と思って買ってしまう。そうすると、またおでんのサイクルを続けるはめになる。

すべての具材がきっかり同時に終わるということがないので、あれこれ言い訳を付けながら、ずるずるとサイクルを回し続ける。なんだか、大胆な改革ができず、惰性で従前のシステムを回し続ける社会や組織の縮図のようでもある。

何か月も加熱を続け、熟成してきたおでんの出汁は、とてもおいしくなっている。こういう惰性は、まあいいかもね、などと思いつつ。そして、今日もまたおでんを煮ている。

おでんは、フランス語で「ポトフ・ジャポネ(pot-au-feu japonais, 日本風のポトフ)」というのだという記述を見かけたことがある。本当かどうか知らないけれど。さすがに、2か月続けて少々飽きてきたから、今月の後半のおかずは逆転させて、フランスのポトフにしてみようかな。「オデン・フランセ(oden français, フランス風のおでん)」と称して。


2020年2月16日 (日)

■ニュースで学ぶ文化人類学/アフリカ研究

今年度授業が終わり、残務処理も終わりゆく。研究室にたまった膨大な授業用印刷物を廃棄処理したり、ハードディスクの大掃除をしたり。

さて、ちょっと今年度の授業を振り返るひとつの話題として、「毎回の講義の時にニュース解説をした」という取り組みについて書いてみたい。

学問は常に同時代の社会とともにある、みたいなことをいつも考えている一方で、日々の授業が社会の趨勢と無関係であったら、それは有言不実行ということになってしまう。今年は、講義型の授業ふたつで、毎週毎週、新しいニュース記事を探しては配布し、解説して、学問と社会の関わりについて考えるというコーナーを置いてみた。

きっかけは、授業開始初回のオリエンテーションで、時間が余るのももったいないので、1回だけ試しに目についた記事を配ってみたというものであった。案外学生たちの反響がよかったので、2回目も3回目もと続けていき、最終的に、学期を通じて毎回やるということが慣例となった。

今年度、「文化人類学II」の授業で扱ったニュースは、以下のようなもの。期間を限定しすぎるとネタが枯渇するので、せいぜい過去1年以内くらいの新しい話題を取り上げることにした。また、考古学や言語、人類進化など、広い意味で人類学に関わりのあるものを含めている。2019年4月-7月および10月-2020年1月の間に収集して紹介した話題である。

■ニュースで学ぶ文化人類学
2019年度前期「文化人類学II」(2019年4月-7月)

・オランダのブラック・ピート論争
・元号記者会見手話通訳の誤り
・アイヌ新法成立
・米、DNA によるルーツ探し
・英王室チンパンジー写真騒動
・ホモ・ルゾネンシス発見
・アマゾン先住民が石油採掘差し止め訴訟で勝訴
・日本文化人類学会大会、人類学関連学会協議会シンポジウム
・豪先住民の権利、エアーズロック登山禁止
・OK サインは白人至上主義のシンボルに
・アリアナ・グランデと文化の盗用
・"Kimono" と文化の盗用
・大英博物館のモアイ返還論争
・人魚姫役にアフリカ系女優抜擢

■ニュースで学ぶ文化人類学
2019年度後期「文化人類学II」(2019年10月-2020年1月)

・アマゾンの火災と先住民
・トルドー首相のブラウンフェイス
・ツタンカーメンの頭部、競売に
・フラマン手話の「ユダヤ人」
・沖縄世界遺産と首里城火災
・ベルリンの壁と世界の壁
・ヒトの起源はボツワナ
・ギリシアで21万年前のホモ・サピエンス
・ネパールの女性隔離小屋
・世界最古の具象画がスラウェシで発見
・ベルギーフェスティバルが無形文化遺産抹消
・『アナと雪の女王2』とサーミ
・アイヌ民族の研究倫理指針案

それぞれの話題がどのようなものだったか、興味のある方は各自調べてみてほしいと思う。

日々の細かい国際ニュースはたくさんあるが、人間と文化を広い見地から考えることのできる素材はある程度限られる。それでも、アンテナを張っていれば、毎週のように面白い話題が飛び込んでくる。日本語、英語、フランス語の報道機関のニュースを毎日 Twitter で読む習慣のある私は、面白いと思ったニュースを見つけては保存し、直後の授業のネタにしていった。

学生の反応は上々で、毎週のニュース解説が面白かった、社会を深く捉える見方を学べた、など。本題の授業よりもむしろ好評だったかもしれない。

なお、中には、賛否が分かれる微妙な問題も含まれる。この場合、文化人類学としてはどちらが正解ですか、どちらを支持しますか、といった質問も寄せられる。むろん私自身も個人としての価値観をもっているが、学問としての正解を示すことはしない。当事者の価値観を丁寧に理解した上で、社会の諸要因も考え合わせながら慎重に解決を図らないとね、そのために文化人類学の方法と視点が役立てばいいよね、というふうに、価値観の強要をしない形で回答する。学生としては、手っ取り早く正しい解決策を知りたいのかもしれないが、それを決めてしまうのは学問になじまないので、そこは慎重に回避する。

なお、「アフリカ研究」の授業で扱ったニュースは、以下の通り。こちらは前期のみの開講だったので、話題は2019年4月-7月の範囲に限られている。

■ニュースで学ぶアフリカ研究
2019年度前期「アフリカ研究」(2019年4月-7月)

・ルワンダ虐殺25周年
・スーダン大統領失脚
・フランス語がアフリカに期待
・マラウィでマラリアワクチン開始
・DRC エボラ流行
・AU 本部にハイレ・セラシエ皇帝銅像
・西サハラ問題
・南ア総選挙、ラマポーザ大統領就任、女性半数で組閣
・スーダンで軍が市民弾圧
・ガーナでマハトマ・ガンジー像撤去
・アフリカ大陸自由貿易圏発効
・G20 大阪で中国-アフリカ会談/BRICS 首脳会談
・TICAD7
・ブルキナファソの製鉄遺跡群が世界遺産登録
・ベルギーのアフリカ博物館改装

こちらも、何世紀も前の奴隷貿易や植民地の話ばかりでなく、今の生きたアフリカを学んでいく上で、とても役に立った。授業での解説準備のために、私自身が勉強し、知識のアップデートを図ることもできた。

追憶になるが、この授業スタイルには、実はお手本がある。私が中学生のとき、たしか科目は地理だったと思うが、教員が毎回の授業にその日の朝刊を持ってきて、教壇で新聞を大きく広げながら、「えーと、今日の大事なニュースは…」と、真新しい世界のニュースをかみ砕いて解説してくれるというコーナーがあった。おかげでニュースがよく分かったし、世界の動きに興味をもてたし、ああいうやり方はいいなと当時も思っていた。場所とテーマを変えて、それを自分でもやってみたというわけである。

デメリットは、どうしても最初の10分ほどをそれに使うので、本題の授業時間が少し削られること。まあ、それは何とかやりくりしよう。次年度もこの習慣は続けていきたいと思っている。春休み、せいぜいネタ探しとストックに努めることとしよう。


2020年2月15日 (土)

■文部科学省『文部科学広報』(329号, 2019年10月) に写真展の記事掲載

主催者でありながら、まったく気付いていなかったんですけど。

文部科学省『文部科学広報』に、私たち愛知県立大学国際関係学科が文部科学省情報ひろばで開催した「フィールドワーク写真展」の紹介記事が掲載されていました。

「愛知県立大学: 「フィールドワーク写真展: 世界の〈いま〉を切り取る学生のまなざし」
『文部科学広報』(文部科学省大臣官房総務課広報室) 329 (2019年10月): p.19.

>> [掲載ウェブページ]

開催当時は、情報ひろばの公式ウェブサイトなどでも紹介されていたが、行事が閉幕すると、ウェブ情報は次つぎと消されていってしまう。そんな中、紙媒体で、また過去の雑誌掲載記事の電子版として、この事業のことを末永く記録として留めてもらえるのは、大変ありがたい。

ぜひご覧ください。遅ればせながら、日記でご紹介。


2020年2月14日 (金)

■カカオの本当の楽しみ方

かつて、カメルーンの熱帯雨林に暮らしていた時のこと。私の遊び仲間であった子どもたちとの、楽しみのおやつがあった。それは、「カカオの果肉をしゃぶる」ことであった。

カカオ。チョコレートの原料となる植物で、熱帯雨林のあちこちで栽培されている。カカオの実は、長径20cm ほどのラグビーボールのような形をしていて、硬い殻に覆われている。その殻を割ると、中には、白い果肉にくるまれた硬い種子が何十粒もぎっしりと詰まっている。この種子を天日で干し、袋に詰めて、出荷する。それが、どこか遠い所でチョコレートに加工される。

干した種子をそのままかじって、苦味を楽しむこともできるが、私たちのお目当てはそれではなかった。殻を割った時に出てくる、種子の外側をくるんでいる、ねっとりと柔らかい白い果肉。この部分をしゃぶるのである。

この白い果肉にはほどよい酸味と甘みがあって、ツンとした香りがあり、例えて言えば、質のよいヨーグルト。熱帯雨林にはいろいろとおいしいものがあるけれども、このカカオの果肉はそれらの中でもベストと言ってよい、極上のデザートであった。しかも、生だから保存がきかない。現地だけで手に入り、殻を割った瞬間にその場にいる人だけが楽しめる、貴重な食材/嗜好品なのである。

少年たちは慣れたもので、カカオの殻をパカンパカンとナタで割りながら、これはダメ、これもイマイチ、お、これはうまいぞ!などと選んでは、自分たちもしゃぶるだけでなく、一緒に見ている私にもおすそわけしてくれた。殻の中身をかき出し、種ごと白い果肉を口いっぱいにほおばって、ちゅうちゅうと甘味を吸う。十分楽しんだら、種子は吐き出して、ポイと捨ててしまう。正確に言うと、殻からかき出した他の種子の山の上に積み上げる。それらはやがて袋詰めされて、出荷されるカカオ豆となる。

私は、熱帯の森の中で、このカカオの甘い果肉をしゃぶりながら、いろいろなことを考えた。

一つ目。熱帯雨林のただ中で、この生の果肉をしゃぶれることのぜいたくと幸せ。カカオ畑を知らない人たちは、これができないばかりか、こういう楽しみ方が世の中にあるということ自体を知らないのだろうなあ、と。

二つ目。ちょっと失礼な表現になるが、子どもたちや私などがくちゅくちゅと果肉をしゃぶって、ポイと捨てた種は、やがて袋に詰められて、ヨーロッパなど諸外国へ輸出され、加工されて、パリやブリュッセルの高級ショコラティエのウィンドウを飾る商品になる。私たちのいる場所が源流だとすれば、ヨーロッパの高級ショコラティエはいわば下流の末端市場。こっちはただで至上の美味を味わっているのだけれど、末端で何十ユーロ、何千円も払って種子の加工品のチョコを買う人たちは、こういう現場を知らないだろうなと思う。ちょっと滑稽な思いがする。

そして、三つ目。時どきあるんです、こういう見方。「アフリカのカカオ畑の子どもたちは、チョコレートを知らず、食べたこともない」という哀れみのまなざし。自分の幸福感を他者に押し付ける思想の典型のようです。いや、むしろあなたたちこそ、「こっちが食べ残した種子をすりつぶした苦い粉を砂糖と混ぜた固形物しか食べたことがない、カカオ畑で生の果肉をしゃぶる幸せを知らない人たち」なのではありませんか? どっちが幸せとか何とか、勝手に決め付けるものではないですよ、とも考えた。

熱帯雨林の中で、子どもたちとともにカカオの甘い果肉を思う存分楽しんだ私は、チョコレートとそれを支える世界の構造を考え直すとともに、それらを支配している価値観の傲慢さをもあわせて考える機会をもつことができたのである。ありがとう、森の子どもたち。

さて。関連して、思い出したことがある。

去年かおととしか、もういつのことか覚えていないけれども、2月中旬のこのチョコレート市場が賑わう季節に、この話題を SNS に投下したことがあった。チョコなんて結局熱帯の子どもたちが食べ残した種の加工品でしょ、と、ややキツめの揶揄とともに。轟々たる反響があった。面白がって賛同した人もいれば、批判した人もいた。それは不正確だ、などとも。

私は別にカカオ産業の専門家ではなく、個人の体験に基づいて価値観の逆転を提唱したに過ぎない。そうか、世の中には真逆の見方も存在するのだ、という想像力をひとりひとりがもった上で、では実態はどうなのかということは、それぞれがデータに基づいて調べ、理解を進めたらよいことである。「チョコレート中心主義」の価値観は支配的で、どうせ大して揺るがないだろうということは私も了解している。せめて「思考の選択肢」として、支配的な価値観に小さな亀裂くらいは入れてみたいというのが、私のことばの冒険であった。

まあ、だまされたと思って、一度熱帯のカカオ畑で、そのおいしさを熟知している子どもたちに教わりながら、カカオの生の果肉をしゃぶってごらん。そして、そのしゃぶった種のその後のゆくえを想像してごらん。本当に、世界観が転倒して見える極上の体験をすることができる。今日は、そのことが言いたかった。


2020年2月13日 (木)

■国際人類学民族科学連合(IUAES)2020年会議(クロアチア)の発表募集

国際人類学民族科学連合(IUAES)の、今年の会議の発表募集が始まりました。

国際人類学民族科学連合 (IUAES) 2020年会議
テーマ: "Coming of Age on Earth: Legacies and Next Generation Anthropology"
(2020年10月7-11日, クロアチア, シベニク, Amadria Park Šibenik, Convention Centre Šibenik)

発表/映像公募開始
発表/映像提出〆切: 2020年3月23日

[IUAESウェブサイト]
[IUAES2020ウェブサイト]

クロアチアは、この学会(IUAES)の発表のために一度訪れたことがある。記録を見ると、2016年5月。約4年前のことである。著名な世界遺産観光都市ドゥブロヴニクでの開催であった。

ユーゴスラビア内戦の傷跡が生々しく残るなか、多くの観光客を取り戻し、活気のある街になっていた。石造りの古城、赤い屋根の連なる町並み、青いアドリア海、広がる塩田。海に面した大きなホテルに缶詰になって、昼間は議論、夕方は海に沈む夕日を眺める。風光明媚な都市での滞在と勉強は有意義で、数ある国際学会のなかでもとりわけ強く印象に残っている。

今回、どうしようかな。応募するかどうか、まだ決めていません。10月の上旬といえば、後期の授業開始直後だし。旅費とも相談せねばならないし。1か月考えます。


2020年2月12日 (水)

■卒論と修論が終わり、そして博士論文

後期の授業と試験が終わり、学生たちの姿がスーッと消えていく、本学キャンパスです。

集中講義のために来ている学生たちがちらりほらりいるものの、その姿はまばらで、ふだんの喧噪のキャンパスとは異なる風景である。研究室をひっきりなしに訪ねてきていた学生たちもスーッと減って、静かなデスクワークの日々が訪れる。

普段のにぎやかな感じも楽しくていいけれど、静かに机に向かうと、確かに仕事ははかどるな、という気はする。黙々と、たまった用件を右から左へと片付ける。

学生たちの行動はおおむね分かりやすくて、「定期券が切れると足が途絶える」というパターンである。2月の上旬に定期券が切れる人が多いから、以後は、特別な用事がない限り、高い交通費を払って来ることはあまりない。まあ、合理的な行動選択と言える。

だからこそ、教員の側は、何が何でも2月上旬までにすべての用事を終えなければ、と、躍起になって〆切を設定し、各種の連絡と呼びかけをするのである。たとえば、発表会などの行事、課外活動の会合、個別の打ち合わせ、貸し出した本や機材の返却などなど。1月下旬から2月上旬の用務の過密さは、そうしたことの集積である。

それらが嵐のように過ぎ去り、先週で卒業論文と修士論文の審査も終わり、ひと仕事もふた仕事も終えて、ホッと息をついているところへ。今度は、博士論文や博士後期課程院生の関係の仕事がポツポツとまいこんでくる。今日も、それに関連した用務が三つほどあり、打ち合わせ、また会合に参加するなどした。

博士後期課程院生は、学部生や博士前期課程院生とは、時間の流れ方が違う。

学部生は、授業と試験の終了で、スパッと関わりが終わるし、博士前期課程院生はそれほど明確ではないけれども、やはり修士論文審査が終われば一区切り。

博士後期課程の院生は、授業期間かそうでないかというのはあまり関わりがなく、ぼちぼち自分で調べ、まとめ、必要に応じて発表会や打ち合わせをする。学会発表や論文投稿の〆切に合わせて、2月でも3月でも、授業などとは関係なく訪れてきては、それぞれの目標達成のための仕事をする。授業期間というものにあまり束縛されない、ほぼ自律的な仕事のスタンスをもっている。教員が学外でもっている「研究の世界」の時間感覚を共有している仲間、という感じがする。

学部生と博士前期課程院生の関係の用務のドタバタが終わって、博士後期課程の院生たちとゆっくり研究のことを打ち合わせるのは、どこか、学内でありながらも、学外の同業者との研究活動に参加しているような時間感覚を取り戻す機会だった。

今日、まとめて三つまいこんで、象徴的だったので、日記に印象を残しました。


2020年2月11日 (火)

■マンデラ氏釈放30周年、そしてあの産経新聞コラムの余波

2月11日は、南アフリカの元大統領ネルソン・マンデラ氏の、釈放30周年の記念日である。その関連のニュースが流れていった。

反アパルトヘイトの活動家であった氏は、逮捕され、27年もの間獄中生活を強いられた。世界中から人種差別制度を維持する政権に非難が集まり、与党国民党も政策を転換、アパルトヘイト体制の撤廃のためのさまざまな措置が講じられていった。1990年の「マンデラ釈放」は、その体制転換を象徴するニュースであった。

ちなみに、当時の私は、第1回センター試験が終わり、自己採点して、国立大2次試験のために待機している高校生であった。まさか将来アフリカ研究に従事するとは思っていなかったこともあり、そのニュースのことを同時代のこととしてはあまり覚えていない。むしろ、アフリカ研究に関わりをもつようになった後に、振り返って学んだニュースであった。

それから、30年。やがて全人種参加の選挙が実施され、アフリカ民族会議(ANC)が勝利、マンデラ氏が大統領に就任し、世界一民主的と言われる新憲法が制定された。以来、ANC は政権与党であり続けるも、汚職などの話題が絶えず、アパルトヘイトを撤廃した南アフリカでは、今度は近隣諸国から来る移民労働者に対する排斥の動きが持ち上がり、それに対する批判も起き、というふうに、激動の現代史をたどってきた。

人種を根拠に参政権を認めないというのは、遠い昔の話ではない。つい30年前まで、アフリカ最大の経済大国において、それが公然と行われていたのである。その「新しさ」「遠い昔でなさ」を想起する、記念日である。

同時に、私には忘れられない経験をすることになるきっかけとなった日でもある。今から5年前の2015年2月11日。産経新聞が、作家曽野綾子氏のコラム「透明な歳月の光: 労働力不足と移民」を掲載した。そこでは、日本における外国人労働者受け入れの必要性が指摘されていて、なおかつ外国人労働者の居住の隔離が提案されていた。しかも、自身の南アフリカ滞在経験に基づくという体裁で書かれていた。よりによって、マンデラ氏釈放25周年の記念日の朝刊に、この新聞はアパルトヘイトを擁護する趣旨のコラムを掲載したのである。

私は当該の新聞を購読していないが、あの日の朝、Twitter が何やら騒がしいなと思って、ウェブでコラムの概要を読み、仰天して起き上がったことを鮮明に覚えている。

多くの人たちが批判し、学会や NGO などの諸団体が抗議声明を出した。駐日南アフリカ共和国大使が、直接的に抗議したことも報道された。

そして、いち研究者としての私も、文化人類学/アフリカ地域研究の立場を負う者として、小論を執筆し、ウェブジャーナルに投稿した。文化人類学を、アフリカ地域研究を専攻している者でありながら、こんな事態が生じている隣でぼんやりと傍観し、あるいは遠くから冷笑している場合ではない、急がねば、という思いで、一気に書き上げた。

■2015年2月25日 [日本語]
亀井伸孝. 2015. 「「文化が違うから分ければよい」のか: アパルトヘイトと差異の承認の政治」 Academic Journalism SYNODOS (シノドス) (http://synodos.jp/society/13008, 2015年2月25日).

2週間後の2015年2月25日。ちょうど国公立大前期試験の当日の朝、この小論がウェブで公開された。ものすごい数の反響があった。何千と引用され、リツイートされ、facebook などにも転載された。コラム擁護派の声は少なく、私の小論は多くの賛同を得た。それとともに、研究者が同時代の問題に的確に発言することの意義と責任、そしてリアクションを受けることの重さ、そういうことを、おそらく初めて経験したできごとであった。

そうか、あれから5年。

今も、人権に関すること、他者理解や文化の共存のあり方に関することで、ピシリと発言することはある。反響があることもないこともあり、また、反響の中にも、好意的なものだけでなく、批判的、揶揄的、冷笑的なものが含まれることもある。すべての反響に応じていたら身も心ももたないので、多少は考慮に入れつつも、基本は、言いたい時に言いたいことを言う。ただし、常に実名で発言することで文責を明らかにし、相当に調査して裏付けを確認しつつ、書くべきことを書く。ウェブでは、そういうことばの使い方をしている。

そういうスタイルが、徐々に確立したのが、この5年間であった。

アパルトヘイト撤廃に向けて苦闘した南アフリカの人たちと、その解決に関わった人たちに敬意を表する日。そして、くしくも、そのテーマに関連して日本で差別的な表現が公的な媒体で拡散されたことをきっかけに、私自身がウェブという公共の言論の空間において、研究者として/個人として発言する役割と責任を考え始めた日。今日は、そのふたつの記念日である。


2020年2月10日 (月)

■学内の人事評価で「特に良好な業績」を上げた教員に選定

発表資料を見て、軽い驚き。

今年度の、「愛知県立大学教員人事評価制度 (教員人事評価委員会): 「特に良好な業績」を上げた教員 (教育・研究の分野)」のひとりに選ばれた。ありがとうございます。

毎年、年度末のこの季節に、教育、研究、学内運営、社会貢献などの各分野で、目立った活躍をした教員が発表される。今回は、3年ぶり4度目の選定。

説明によると、今回の選定理由は以下のようなことであった。教育面では、過去2年間で、博士論文の主指導を2件担当し、大学院教育に寄与した。研究面では、過去2年間で国際学会発表3回、国内学会発表7回、過去3年間で論文刊行3本、報告などの執筆多数。また、科研費基盤 (C) を取得して執行した。

そんなに活躍したと言えるのかなあ…と、内心、忸怩たる思い。

博士論文の指導と審査は、本学に在職していたベテラン教員が退職した後、教え子であった院生たちを引き継いで、慣れない中、何とか提出と学位授与まで伴走したというもの。がんばりは執筆者本人たちによるもので、私の手柄ではない。

国内外での研究業績の面について、むしろこの2年ほどは体調のこともあって、自分としては停滞気味で、あちこちにご迷惑をおかけしてきた年月…という印象が強い。

国際学会発表が多いのは、出張できる科研費に恵まれていたことと、そうでもしないと自分がなまけてしまうという自戒の念で、あちこちにダメもとで発表応募してきたことの結果。国内学会が多いのは、『子どもたちの生きるアフリカ』という編著の本ができたので、うれしくなって、あちこちで宣伝活動を兼ねた発表を入れまくったことが大きかった。共著者のみなさんに励まされて積み重ねた成果である。

ちなみに、この大学でこの評価を得るのは、4回目。こんな機会だから、棚卸しをしてみた。

□2012年2月28日
愛知県立大学教員人事評価制度 (教員人事評価委員会): 「特に良好な業績」を上げた教員 (教育・研究の分野)
学術図書刊行『森の小さな〈ハンター〉たち: 狩猟採集民の子どもの民族誌』

□2015年2月19日
愛知県立大学教員人事評価制度 (教員人事評価委員会): 「特に良好な業績」を上げた教員 (学内運営・社会貢献の分野)
中部経済連合会産学連携懇談会「Next30産学フォーラム」コアメンバー

□2017年2月23日
愛知県立大学教員人事評価制度 (教員人事評価委員会): 「特に良好な業績」を上げた教員 (教育・研究の分野)
おもに教育面の功績、過去3年間で卒業論文主査24件、修士論文主指導2件、そのほか刊行・発表多数

□2020年2月4日
愛知県立大学教員人事評価制度 (教員人事評価委員会): 「特に良好な業績」を上げた教員 (教育・研究の分野)
教育面では、過去2年間で博士論文の主指導を2件担当。研究面では、過去2年間で国際学会発表3回、国内学会発表7回、過去3年間で論文刊行3本、報告などの執筆多数。科研費基盤 (C) を取得して執行。

2011年4月に着任して、この年度末でちょうど9年になる。9年で4回、平均2.25年に1回獲得してきたという頻度である。構成員の人数を考えた場合、無作為に配分されていたら、9年か10年に1度当たるというくらいの頻度になるので、平均の4倍くらいのペースでこの評価をいただいているという計算にはなる。

評価はありがたくいただくとして。しかし、評価自体は目的ではない。今後もマイペースで、自分のできることを、やりたいように、と思っている。


2020年2月9日 (日)

■ひな人形と身分社会

ある公共の場で、きれいに飾られた大きなひな人形の段飾りを見る機会があった。間近でじっくり見るのは、久しぶりのこと。

とっさに思ったことは、(何と分かりやすい、身分社会…)

階段状の構造に、人びとが乗っている。それぞれ定められた位置があり、流動もなければ逆転もない。与えられた段に、みんな黙って座っている。

最下段まで見やると、そこには、ミニチュアの牛車や食器類などの道具が並んでいた。最下段は、人間たちではなかった。え、そうなの?

実際は、着飾って各段に収まっている支配階層を、無数の働く人びとが支えているはずである。そのような人たちは存在しないことになっていた。可視化されない、語られない人たち。赤い毛氈の下に隠されて、いないことにされている人びとの存在に思いをいたした。

もともと、ひな人形は平面に配置されていたものが、江戸時代頃からこのような段飾りになったという説を目にした。史実は分からないが、そうか、ひな人形にも多様な配置がありうるのだなと考えるきっかけにはなった。

伝統って、面白いですね。同時に、時代に合わせて新たに多様性を提案していくことがあってもいいかもね。

連想したのは、フランスの1月の公現祭。ガレットという焼き菓子の中に陶製の人形フェーヴが埋め込まれていて、それを探し当てた人が王冠をかぶって王様になるという慣習である。ただし、大統領府では、フェーヴの入っていないガレットをふるまうという。共和制の大統領府において、王制の象徴はなじまないということだとか。なるほどな、という逸話。ひな人形にも、いろいろあっていいと私は思う。


2020年2月8日 (土)

■梅見と桜見

週末のちょっとした息抜きに、梅と桜を見に行った。梅はちょうど見頃。桜は、ソメイヨシノとは異なる品種で、早々と咲き、すでに散り始めていた。

私にとっては、花の美しさを愛でるというだけでなく、どこか「写真を撮るトレーニング」のような感覚がある。どんなアングルで、構図で、距離で、光加減で撮ると、うまく撮れるか。いろいろ試して練習するのである。

かつてプロに教わったことがある、構図の「三分の一ルール」などを念頭に置きながら撮ってみるのだが、なかなかうまくいかない。時どき、後で自分で見返してみたいと思える写真がある。人に見せたい!と思える上出来の写真は、さらに少ない。

これまで、アフリカやヨーロッパなどの各地で膨大な写真を撮りため、学生たちと写真展を主催して学科の活性化を図るほどに、研究でも、教育でも、私生活でも、写真とは長い長い付き合いがある。しかし、自分の腕前はまだまだ途上。もっとうまく撮れるようになって、学生たちとそのコツを共有できるようになりたいなあ、といつも思っている。

先月終了したばかりの学科の写真展を思い出しつつ、そして、今年の写真展の構想を温めつつ。1日、写真を撮ることに没頭できた、貴重な休日。


2020年2月7日 (金)

■13通の査読票

本日、修士論文の審査を1件実施。先週から続いていた、卒業論文・修士論文の口頭試問ウィークが、今日で終了した。

ふう、終わった…。最終の判定結果はいずれ確定するのだけれど。とりあえず、指導と審査を担当してきた者としては、軽やかな解放感に包まれた。

この年度末は、卒業論文10件(うち、主査8件、副査2件)、修士論文3件(うち、主指導1件、副指導2件)、計13件の論文を担当した。

もちろん、一番大変なのは、提出直前の1月上旬である。連日連夜の相談と確認とアドバイス。〆切が過ぎると、台風一過、少しホッとする。

しかし、審査が始まる1月下旬から2月上旬は、また緊迫感に包まれる。何せ、すべての論文を精読して試問の準備をし、真剣勝負で質疑応答を行い、厳正に評価していかねばならないからである。評価する権限をもつということは、大きな権力を振るう立場にあること。適当に力を抜いてやり過ごすことは許されない。審査を受ける学生も緊張するだろうが、審査する教員の側もかなりの緊張を伴う、大変重たい仕事なのである。

私は、毎年度末の論文審査において、ひとつ守っている流儀がある。それは、審査準備のための精読の時に査読メモを作り、それを印刷、持参して口頭試問に臨む。そして、試問が終了した時に、当該の学生にその査読票を手渡す。合否は書いていないが、その論文がどういう達成をし、逆にどの点に課題を残したかを、克明に記して渡すのである。

なぜそんなことをするのか。目的は三つある。

第一に、自分をさぼらせないためである。審査準備の時に、適当に読むのではなく、着眼点を定める。本論の概要、達成、課題。形式、日本語/表現、用語、図表、構成、データ、論旨。それぞれの側面でどれほど完成し、どのような所に問題があったか、細かくメモを書いていく。そうすることで、自分の恣意による読みや主観的評価を戒め、公平さを保つのである。

第二に、審査後の講評の下書きになるという効用がある。論文の長所と短所をまとめて説明したり、書類を作成したりする上で、こういう査読メモはすぐに転用できて便利である。

第三に、実は私の主観としては大事にしているところだが、査読結果を学生に渡すことは、最後の教育の機会であり、執筆した学生への慰労の機会でもあるということである。何年間も学問を修め、さまざまな課題と〆切をこなし、提出までに最大限の努力をした学生の最後の成果について、無味乾燥な成績結果の開示だけでなく、ひとこと私自身のことばを書いて渡すことで、その労力に応えたいと思うのである。

通常、口頭試問が始まる前に、共に審査する同僚教員たちにもこの査読票を渡す。ご丁寧にどうも、としばしば感謝される。書かれたメモがあると、審査の論点が整理されるし、結果報告の下書きにも転用できるからである。

口頭試問が終わったら、これは私個人の読後メモです、後で読んでください、と学生本人にも手渡す。ありがとうございます、と受け取って帰る。それを受け取ると、安心するだろうか、それともかえって不安になるだろうか。厳しいことも書くが、達成できたことについては率直にほめている。受け取り方は、人によって違うかもしれない。

ちなみに、私はなぜそんなことをするようになったのか。きっかけには、過去の自分の経験がある。

20年近くも前になる、私自身の博士論文の審査会。いろいろ至らない箇所も多く、批判と助言の山の中で、口頭試問が終了した。5人いた審査委員の中の1人が、最後に「メモしてきたので、これを」と、論文の中でできたこと、できていなかったことを記した紙を手渡してくれた。

的確であるがゆえに辛辣であったが、達成できていることも書かれていたし、今後自分が何に注意して書いていくべきかが具体的に分かった。博士論文に加筆して単著の民族誌を刊行したときも、そのメモの内容が鮮明に記憶に残っていて、その点に注意しながら改稿したことを覚えている。口頭でのコメントだけでなく、紙で助言をもらうことの重みと、後に残る効果。教育者としてそういうことを自発的に行うことの重要さを受け止めたし、自分が審査する側になった時もそのような丁寧さを忘れまいという思いが残った。

そんなことも思い出しつつ、この2週間ほど、分厚い論文ファイルをめくりながら、ちまちまと査読メモを書いていた。それはそれで大きな労力であるが、相手は何万字も執筆した学生たちである。その労力の大きさに比べれば、1-2ページていどの査読メモなんて短いものである。そのくらいの真摯さは、自分に課しておきたいと考えている。

今年度末の、13通の査読票をすべて手渡し終えて、ふう…と一息。私なりの最後のはなむけのことばを、全員に届け終えた。これで、またひとつの季節が終わっていく。

みなさん、口頭試問おつかれさまでした。私も、少し休みます。


2020年2月6日 (木)

■本当の節約とは、買わないこと

昨年10月の消費税増税から、4か月。

導入当時、あれほど騒がれていた軽減税率も、イートイン課税も、キャッシュレス還元も。今や適当に日常の風景になって、大昔からそうだったかのように受容されている。あのさ、増税なんですよ、支出は増えているんですよ、とか思うけど。みなさん、なじむのが早いのかもしれません。

キャッシュレス決済で還元する店舗は限られていて、多くの場合は小規模事業者に限られる。大手スーパーなどは、対象外。それに対抗してか、スーパーなどではしきりに割引クーポンなどをばらまいて、集客に勤しんでいる。

「いつからいつまで、何日間限定、全商品何%割引!」のようなクーポンをあちこちでもらい、そういうのが財布にたまっていく。私もそれなりに節約志向の人なので、期間限定のクーポンがあるならば使おうかな、などといろいろ考える。

必要なものをメモしてリスト化し、なるべく1回でまとめて割引購入、交通費も最少限に抑えるべく、休日1日地下鉄乗り放題パスの有効時間内に一巡して全部片付ける、みたいに、出費が最少となる最適解を計算しまくって、買い物行動をする。普段、そうやって生きている。

ただ、悪癖は、「割引クーポンがあったら、期限内に使わないと損、使わなきゃ」という前提で考えてしまうこと。冷静に考えれば、使う義務はなく、使ったら収入があるわけでもなく、むしろ、使えば使うほど支出は増えるのである。どのみち購入が必要なものであれば、クーポンを使った方が割安で済むということはあるけれど、無用な買い物をすると、当然のことながら支出は増える。安いからといってまとめ買いして、結局使わない、食べきれないということもある。

本当の節約とは、買わないという選択をすること。有効期限が迫るクーポンを見ながら、「うーん…いや、要らない」と拒む。ぐっと使用衝動を抑えることも、また大事なのである。


2020年2月5日 (水)

■アウシュビッツ解放75周年

アウシュビッツ強制収容所解放から、75周年。1月末から、その関係のニュースが多く流れていった。

1945年1月27日、ソ連軍の侵攻によって収容所が解放。節目となる今年、ドイツの大統領も参加して、式典が行われた。

ポーランドのオシフィエンチムにあるアウシュビッツ=ビルケナウ収容所跡地は、私も一度訪れたことがある。収容、虐殺、強制労働というのが、抽象的な概念ではなく、この地上で人間たちの手によって実行された具体的な現実であるのだということを、現在に残された数かずの証拠から学ぶことができる。マイナス何十度という極寒の中、強風が吹きすさぶ荒涼とした跡地を見て、人間の業の深さに思いをいたした。

人びとが個人の自由と生存権を軽んじ、国家権力が個人の生命に関する決定権を独占し、多数派が少数派に対して憎悪を投げかけ、あるいは無関心を決め込むと、こういうことはいつでも起こりうる。普段、一見平和に見える周囲の風景だが、少し風向きが変わったら、いつでもあの絶滅収容所の風景は再来しうる、という想像力をもつことができるようになった。

「しかたないこと」「特殊な人たちだからやむを得ない」「自分たちにさえ火の粉が降りかからなければそれでいい」…

いろいろな言い訳を付けては、国家による重大な人権侵害行為を見逃し、それを止めるわけでもなく、関心の外に追いやり、時には加勢し、最後には加担の責任を逃れようとする多数派の姿は、遠い過去の話ではない。今も、そこにある。

新型コロナウィルスの流行の報道のなか、感染して闘病中の人たちへの共感はきわめて薄い。感染拡大が怖い、なるべく日本に/自分の地域に来るな、といったことばが飛び交うこともある。この、無関心と共感欠如のメンタリティは、私たちがアウシュビッツの惨劇からまだ十分に学び得ていないことの証左でもあるだろう。

75年というのは、人びとが悲劇から教訓を引き出し、定着させるには、短すぎるのだろうか。それとも、逆に長過ぎて、忘却の域に入ってしまっているということなのだろうか。


2020年2月4日 (火)

■「不審者がいた」というお知らせ

ある部署から、全教職員あてに、メールでのお知らせが届いた。内容は「学内に不審者がいた」というものであった。

目撃情報に基づき、何月何日の何時頃、このあたりにいた、ということだけが書かれていた。その人物が何をし、どういう理由で不審と見なされたのか、そういう情報はなかった。単に「不審者がいた」だけであった。

もちろん、安全には気を付けたい。しかし、こういう「情報のない、警戒心だけを喚起するお知らせ」は、無用な偏見や蔑視を煽ることになりはしないか。私はそう直感した。

私は、担当部署に要望を書いて送った。以下は、その概略。

・もう少し具体的な状況の説明を添えていただくことはできませんか。

・たとえば、窃盗や破損に類する行動があったとか、暴力や威嚇の言動があったとか、なにか根拠となることがらがあれば、注意のしようがあります。

・一方、ただ単に怪しいというような印象に基づくことであれば、服装や年齢、国籍などによる偏見や侮蔑を招くおそれがあります。

・大学の構成員は多様性を包摂することが原則であるため、曖昧な情報による注意喚起は、そのような効果をもたらしてしまうということを念頭に、今後とも、可能な限り具体的な情報による呼びかけを心がけていただきたく、要望します。

見慣れない人。珍しい服装の人。少数派の宗教の人。大学では少数である年齢層の人。もしかしたら、奇特だと思われた言動は、障害に由来している可能性だってある。さまざまな可能性を考えに入れて、人間に関する注意喚起というものは、やはり相当に慎重でありたいと思うし、いたずらに特定の人びとへの偏見を煽ることは避けたいのである。

基準が曖昧であったら、私自身とて、いつ何時「不審者」認定されてしまうかもしれないではないか。実際、この連絡を受けた時、何%かの確率で、私が不審者扱いされている可能性はないだろうか、という想像力をめぐらせた。

新型コロナウィルスを理由に、東アジア諸国の出身者や国籍保持者、アジア系の容貌の人たちが、全世界で白い目で見られているという、嫌な感じの今である。だからこそ、まずは身近なところから、小さなアクション。


2020年2月3日 (月)

■今年度最終ゼミ

今年度最終のゼミの日を迎えた。毎年恒例、最終ゼミは卒業論文を仕上げた学生たちの最終成果発表会。そして、送別会が続く。

最終発表会をやっていることには、少しこだわりがある。今の大学に来る前の勤務先では、学科全体で論文最終発表会をやっていた。書き上げた学生たちは成果をお互いに学び、後輩たちはそれを見て参考にすることができる。何より、完成をみんなで一緒にお祝いする節目になるし、教員としても学生を送り出す喜びがある。ひとりでコツコツ書いて仕上げた論文の成果を、周囲に対してオープンにすることは、多くの人たちにとってメリットが大きいのである。

この大学に就職して、国際関係学科が第1期生の卒業論文を提出した時、私は学科全体の発表会をやろうと提案した。しかし、大学の慣行、スケジュール、負担などのいろいろな理由で、実現しなかった。代替案として、学生有志主催の卒論懇談会をしようということになり、何人かの学生がボランタリーに体験談を話してくれた。しかし、それは継承されず、1回限りの試みに終わった。

せっかくの研究の成果が、だれの目にも触れず、非公開の口頭試問の場だけで審査されて埋もれていくのは、がんばった学生たちの労力に報いていないではないか。後輩たちも、前例を見て参考にしたいのである。学科でやらないのなら、ゼミ単独でやろう。そういう経緯もあって、2012年度の第1期ゼミ生の卒業時から、毎年開催している。形式としては公開で、広報もする。来る人たちは限られるけれども、聞きたい人は聞けるように機会は開いておく。

せっかくの公開開催なので、次の4月から新たにゼミに参加する予定の現2年次の学生たちにも参加を促す。自分たちも、2年後には(留学した場合は3年後には)、このような作品を仕上げて卒業していくのだというお手本として、このような機会に触れておいてほしいからである。

2年次の入ゼミ予定者から、卒業直前の4年次までの三つの学年が集まる、最初で最後の機会。そのような拡大ゼミとして、今日も開催した。今回は、8人による8件の発表があった。2〜3万字という大部の論文の内容を、ひとりあたり質疑入れて約10分で回していく。ゆっくり議論したいのはやまやまだが、時間の制約もある。成果のエッセンスを凝縮して話してもらい、学生が司会で仕切り、コメントを付けていく。私は提出までに山ほど指摘をしたので、今日はゆっくりと最終成果を眺め、写真を撮るくらいの係。

執筆を達成した4年次の学生、論文チェックをして執筆支援した3年次の学生、かなり先のお手本にしようと見つめる2年次の学生。それぞれにとって、何かを得られるよい機会となっていたら、と願っている。

全員の発表が終わって、最後に、三つの学年全員が一緒に並んで、最終ゼミの記念撮影。8人の達成をお祝いする儀式としても盛り上がり、拍手で閉会した。ふぅ…今期の授業も、これで終わりゆく。

閉会後、これも毎年恒例の送別会。厳密に言うと、卒業はまだ確定していないが、ゼミとしての卒論完成への伴走は終了したということで、節目の行事である。近くのレストランに移動して、アルコールなしでご飯を食べた。最近のゼミのパーティは、お酒を付けないことが多い。パーッと気晴らしに飲んでくれてもいいのだけれど、学生たちが多数決で決めたことだから、尊重する。あまり飲まない学生が多いのかもしれないし、外食で飲酒すると参加費がはね上がることが理由かもしれない。みんなでジュースで乾杯した。

卒業しゆく学生たちの、過去のゼミ体験の振り返り、進路の発表、そして後輩たちへのアドバイス。ひとりひとりの思いが伝わってくる。在学生が用意したプレゼントの贈呈、私が撮りためた写真の贈呈。そして、返礼として、色紙をいただいた。私の似顔絵が中央に大きく書かれた、卒業生一同の寄せ書き。どうもありがとう、記念にします。

2017年度の私の在外研究による不在や、同僚教員の在外研究に伴う途中からの移籍などの経緯もあって、今回卒業しゆく学生たちのゼミ在籍年数は、2年、1年半、1年などとまちまちである。それでも、少なくともこの1年間、研究の目的に向けて疾走してきた経緯は、忘れられない。

春の、満開の花の下でのお花見から始まった、今年度のゼミの1年間を思い出しながら、しらふのまま帰路についた。帰ってから、いただいた色紙を眺めつつ、ちょっとビールで乾杯した。


2020年2月2日 (日)

■福島の「復興」とオリンピック

週末出張の研究会で、福島第一原発の事故のその後について学ぶ機会があった。2011年3月のあの事故から、約9年。事故とそれに伴う社会の変化、そしてそれをどのように学び、教えるか。大学での勉強会と議論、そして、少し地域を回る機会があった。

除染作業で積み上げられた、土の入った黒い袋や緑のシート。広い田畑に広がる、膨大な数の太陽光発電パネル。農作物を作っていない田畑であった広い土地を、今は発電に使っている。

あちこちに設置された線量計。現在ここは毎時何マイクロシーベルトである、と、あたかも天気や道路渋滞の長さの情報を示すかのように、電光で表示されている。

新たに建設されたきれいな役所などの建物と、故郷に戻り始めた人たちの住宅。除染作業員たちの入居施設。9年前で時間が止まってしまった家々と町並み。いくつもの光景が、モザイク状に分布していた。

原発事故を機に避難した方から、いろいろなエピソードを聞いた。「ほんの短期間避難するつもりで、着の身着のまま家を出てきたが、帰れないまま、もう9年になります」ということばが、やはりこの事故がもたらした影響の大きさを物語っていた。

今年のビッグイベントに関連した話を聞いた。

原発の影響を受けて現在は無人の区域の中に、一部だけ、美しく舗装された道路がある。五輪の聖火ランナーがそこを走ることとされていて、その道路だけ整備されているという。「復興」を印象づけるため、鉄道の再開も急がれていて、地元の計画が変更を余儀なくされた事例もあるとのことである。

この夏にかけて、きれいに整備された所だけがテレビで放映され、世界に向けて「復興」を印象付け、祭りの後は、さまざまなことを「解決済み」として打ち切っていくのではないか。そういう見方を、現地で聞いた。

今夏の国家的イベントが、政治とメディアによってどう演出されるか。そこで映されるものと、映されないものの違いは何か。終わったことにされつつある中で、何が終わっていないか。そういう見方を学ぶことができた。


2020年2月1日 (土)

■Brexit の朝

日本時間の朝7時台。Twitter のタイムラインが何やら騒がしいなと思ったら、そうか、イギリス時間の1月31日23:00、日本時間の2月1日8:00をもって、ついにイギリスが EU 離脱の瞬間を迎えるらしい。

その政策としての是非については、複雑すぎるから簡単には論評できないのだけれど。少なくとも、経済、学術、教育といった、人、モノ、資金のボーダーレスな自由な移動を保障した方が活性化する分野においては、ダメージが大きいだろうなと受け止めている。その分、主権を回復すると称してナショナリズムの高揚感に満足する人たちもいるのであろうが、その感情を得ることがどれほどのメリットになるのか、私はよく分からない。基本、国家や国民などによる縛りをあまり好まない私の価値観というものはあるが、イギリスのゆくえ、ヨーロッパのゆくえを勉強しながら見守りたいと思う。

イギリスが EU 離脱を決めた、2016年の投票。その結果が判明した6月24日は、忘れもしない、金曜日で、私は鉄道に乗って常滑市に向かう途中のことであった。その週末、イオンモール常滑で、国際関係学科として初めての学外写真展を開催することになっていて、その設営のために午後に移動している時のことであった。

ウェブのニュースで、「イギリスの投票で EU 離脱票が過半数」という速報が入り、世界は騒然、ユーロもポンドも急落して、予想外の結果に大騒ぎとなった。常滑に向かう名鉄の電車内で、次つぎと流れる関連ニュースを大急ぎで読んでいた。ユーロが安いなら、と、常滑のセントレアで円からの換金をして、その後イオンモールに向かった。

夕方、写真展の設営のために集まった学生たち(その大部分は当時入学したばかりの1年生)と、そのニュースについて口ぐちに話したことを覚えている。

その後、離脱交渉は難航、首相も2回変わり、3年半が経ち、今日の離脱の瞬間を迎える。イギリスもヨーロッパも世界も、その進まない交渉を見守っていた。大学の方は淡々と授業をこなし、論文指導をこなし、あの日に Brexit 決定の速報について話していた当時入学したばかりの1年生たちの多くは、今では卒業論文を仕上げて提出を終え、口頭試問を待っている状況にある。

離脱交渉の3年半というのは、学生が大学でひとつの学業を始めてから終えるまでくらいに相当する長い時間なのだなあということを、自分の経験に照らして実感している。

また入試があり、新入生を迎え入れる季節がやってくる。その学生たちが卒業する4年後は、また違う世界が存在している。毎年の繰り返しのようで、決して繰り返されない世界の動きがある。そんなことを考えていた。



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