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発表要旨
最終更新: 2008年1月6日

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関学COEワークショップ「多文化と幸せ」
2008年1月6日

「対象者と調査結果を分かちあう: ネパールの肉売りカーストの人々との対話」
中川 加奈子(関西学院大学; 在ネパール日本大使館)

#本報告では、ネパールの首都カトマンズにおいて主に肉売り・屠畜に携わってきた部族である「カドギ」族を対象として調査をした筆者が、対象者より報告書の修正要請を受けた経験から、調査者と対象者との対話のあり方について考察する。

キーワード:対象者との対話、社会運動、カースト制度、ネパール、肉売り・屠肉


■発表の要旨
フィールドワークの目的の一つとして、得られた理解を書き残すことが挙げられる。書き残すことにより、得られた理解は不特定多数の読み手と広く共有することができ、対象社会のあり方を半永久的に記録することができる。しかしながら、図らずもその記録が対象者にとって、支配された記録・差別された記録など広く共有してほしくない、もしくは未来に残してほしくないものとなってしまうこともあるだろう。

本報告では、主にネパールの首都カトマンズに居住し、カースト制度の中で主に肉売り・屠畜に携わってきた部族である「カドギ」族を対象として調査をした筆者の経験から、調査者と対象者との対話のあり方について考察したい。近年、カトマンズでも暮らしの近代化が進み、肉食文化が浸透してきた。食肉需要の高まりを追い風に、カドギ族は経済的に豊かになりつつある。カドギ達は現在、食肉産業を基盤としてカドギ社会全体の底上げを図ろうとする、「ミート・アクト」と名付けた運動を展開しており、産業活動と並行して新聞や街頭集会で自分達の歴史を盛んに語り、カースト制度に基づく社会的文化的差別の不当性を訴えている。

筆者は、調査をしていく中でカドギ族の「ミート・アクト」に共感し、同運動についてネパールの大学で発表し、報告書をカドギ族の団体に渡した。ある日、筆者はカドギ族の歴史家に呼び出され、運動の記録はカドギ族にとって意味があるものの、まずはカドギ族が歴史的に差別されていなかったことを書くべきであるとの修正要求を受けた。しかしながら、修正要求に応えるだけの十分な文書が見つからなかったこと、また例え修正できたとしても既存の差別/被差別の因習に囚われることになり、「ミート・アクト」の目的に逆行することになるのではないかと感じたこともあり、筆者はこの要求に対する答えに窮した経験を有している。

書かれたものは残り続け、調査対象社会の記録となる。「書く」ことが、調査対象者を裏切ることにならないために、また調査対象者にとって少しでも役立つものであるために、(1) 調査者は調査対象者が抱えている問題と、それに対する調査対象者の目標を分かち合うことが必要である。そういっても、調査者たちがどのような目標をもって今を生きているのか、それを知り分かち合うための明確な判断基準はない。よって、(2) 問題に対する自分の対処目標について調査対象者と対話を繰り返すことが、問題の共有(分かち合い)が達成されているのかどうか確認するための方法となる。一緒に太鼓を練習する、村で小さなスピーチをする、ラジオで調査への思いを述べる、そしてそれに対する対象者の反応と向き合う。こうした発信と反応を介して、対象者との対話を繰り返すことで、より深く対象者の抱える問題を分かち合うことができ、ひいては対象者の描く未来像に近づくこともできるのではないか。また、書き残す際には、対象者と調査者の分かちあいに向けた対話の過程も含めて記すことが重要ではないかと考える。


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