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発表要旨
最終更新: 2008年5月18日

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関学COEワークショップ「多文化と幸せ」
2008年3月17日

「フィールド、ホーム、博物館、講義室をつなぐ沖縄系移民たちの生活と文化」
城田 愛(大分県立芸術文化短期大学)

#異文化/自文化、調査する/される、展示する/される、教える/教わるという枠組を横断するような人類学的実践を、沖縄系移民に関する展示制作の体験からみていく。

キーワード:ボリビア沖縄系移民、オキナワボリビア歴史資料館、展示を創る


■発表の要旨
本発表では、異文化/自文化、調査する/される、展示する/される、教える/教わるという枠組を横断するような人類学的実践を、沖縄系移民に関する展示制作の体験からみていく。

具体的には、「移住者たちと博物館展示を創る:オキナワボリビア歴史資料館の制作現場から」(城田2008年a)でとりあげた内容を中心に、写真や音楽もまじえながら話しをすすめていく。

フィールドで知りえた経験を、ホームにおけるエスノグラフィ・論文執筆(城田2004、2006、2007、2008a、2008b、2008cなど)だけではなく、博物館の展示制作や大学での講義などをとおして、さまざまな相手にたいして、どのように多面的・立体的に伝えていくことが可能なのかについて考えてみたい。

参考文献
こせきこうじ画・天願大介作・BEGIN原案・高津祥一郎企画. 2008.「オバー自慢の爆弾鍋 第21話カメハメハ」『週刊漫画サンデー』(3・4 No.9), 183-200頁.
城田愛. 2004.「ハワイの日系・沖縄系移民社会の歩みと動き:博物館にみる生活文化の過去、現在、未来」後藤明・松原好次・塩谷享編『ハワイ研究への招待:フィールドワークから見える新しいハワイ像』137-154頁, 関西学院大学出版会.
城田愛. 2006.『エイサーにみるオキナワンたちのアイデンティティ:ハワイ沖縄系移民における「つながり」の創出』博士学位申請論文, 京都大学大学院人間・環境学研究科へ提出.
城田愛. 2007.“Women-Centered Diasporic Memories/Dancing Melodies: Life Stories Across Post-War Okinawa, Hawai`i U.S. Military Bases” in Joyce N. Chinen ed. Uchinanchu Diaspora: Memories, Continuities, and Constructions (Social Process in Hawai`i vol. 42) pp. 176-195, University of Hawai`i Press.
城田愛. 2008a.「移住者たちと博物館展示を創る:オキナワボリビア歴史資料館の制作現場から」武田丈・亀井伸孝編『アクション別フィールドワーク入門』158-171頁, 世界思想社.
城田愛. 2008b.「オキナワン・ハワイアン・スタイル:ハワイにおける沖縄系移民と先住民文化の交差」白水繁彦編『移動する人びと、変容する文化:グローバリゼーションとアイデンティティ』25-48頁, 御茶の水書房.[3月中に出版予定]
城田愛. 2008c.「『マンチャー人類学』への一歩:アフリカ、沖縄経由、ハワイ・オキナワへの旅」李仁子・金谷美和・佐藤知久編『はじまりとしてのフィールドワーク:自分がひらく、世界がかわる』(仮)77-100頁, 昭和堂.[3月中に出版予定]

関連web sites
JICA海外移住資料館サイト内のオキナワボリビア歴史資料館
オキナワ日ボ協会


■コメント 1(吉野太郎)
※パネルディスカッション(城田氏の報告広瀬氏の報告および西氏の報告を含む)全体に対するコメントです。

編集委員でもある立場から、まずは総括的に。

私のもともとの専門は物理であり、その普遍性=ユニバーサリティへのあこがれ・野望と本ワークショップの「人類の幸福」への野望は重なりうる。また物理では、相手に影響を与えず、相手のことを知ることが出来るのか?という「観測問題」はあり、科学史の文脈でも、「村によそから人が入ったときその村は今までの村と同じか?」という問いとなる。フィールドワークは、対象に起こる変化と自分の変化をセットで見ていくことでもあろうし、倫理性が求められる。

私の今の専門の情報通信技術と社会、ジェンダーとハラスメント等は、大学等での活動のフィールドから、市民運動・院生の運動として行ってきたものを、教員の立場にどう接続するのかという問いから始まり、強いて言えば「応用人類学」というフィールドに踏み込んだ形で関わりが生まれた。

このワークショップ、若手研究者の集まるフィールドでは、「若さ」もしくはテニュアのある常勤職に就いていない不安定さを内包する。

「教員のもつもちやすい権力性、権威性から」から「ずれた」「相対的に自由な」メンバーが集まり、「物質的基盤」(亀井)=下部構造の脆弱さや「不幸と幸福が入れ替わる」(亀井)構造が、この全体の背景にあることを指摘したい。

この3発表を見ても思うのは、敢えてポジティブに言えば、構造的弱者ゆえにもちうる、多様性・多文化性が「ポジティブ」で楽しいものに繋がっている。「大学におけるハラスメント」の文脈で、昨日大学評価学会で報告したことだが、社会的弱者がハラスメント問題を解決することに奔走させられるという矛盾やを指摘した。私のかつての活動も含めて、である。被害を受けた不条理や加害者への怒りやしんどさを仲間とともに笑いにと力に転化していく事例報告もあった。

この文脈にと問題設定に沿って、あらためて3名の発表を「ポジティブであることの戦い」として位置づけ、コメントを加えたい。

城田さんという、「歌って踊れる人類学者」の、当事者の生活と現在進行形の展示の事例や、インフォーマントと自らの親戚が重なっているという、生き方とフィールドワークの現場が重なる状況に感銘を受けた。

広瀬さんについては、目が見えないことによる不便は社会の問題ではありこそすれ、当人の問題ではないが、それが浸透しているわけでもない現状から、「触覚」等を頼りに、二次元の絵画を作る試みに触れられている。長い目で見て、「見えないからこそ見える」文化の生成に寄与していると受け止めた。

西さんの発表において。HIVの問題解決のフィールド等に於いて、フィールドワーカーが都市にいる異なる階層の人びとを結びつける媒介役を担うという「一歩踏み込んだ」関わりが注目される。指摘のあった、HIVウィルスと共生する人びとという文脈では、以前タイの(チェンマイの)村で実践例を見たことがあり、それを思い起こした。

私の文脈に戻して恐縮だが、研究者として置かれている現状を敢えてとらえ直す方法かも知れない、事例を紹介して最後とする。神戸のNPOの現場で、インターンとして、行政からNPOへ人が派遣されるプログラムがあり、その逆も行えないかという相互の議論があった。その場において、私は「給与も交換して」と敢えてコメントをしてみたことがある。発表者の活動や本の各節にもそのようなものを感じる部分がある。<フィールドを搾取をしない・役立つ研究><研究にも役立つ実践>を行き来することを展望したい。

コメンテータ: 吉野太郎(関西学院大学)


■コメント 2(松田素二)
※パネルディスカッション(城田氏の報告広瀬氏の報告および西氏の報告を含む)全体に対するコメントです。

このプロジェクトの趣旨を亀井さんが冒頭で説明しましたが、重要な視点の提起として受け止めたのは、研究と実践の間のグレーゾーンに注目するということでした。このグレーゾーンに8つのアクションから切りこんでいこうというのは、今後のフィールドワークを考えるうえで、すごく面白いし大事だと思います。

この数年、フィールドワーク、エスノグラフィ、人類学と、アクティビズムをつなげていこうという議論が強力に出現しています。それは亀井さんがこのプロジェクトの理論的出発点として述べた、人類学やフィールドワークの内向性や原罪告白への拒否といってよいでしょう。アクティビズムとは若干異なるアクションを前面に押し出しているところは魅力的ですが、それがどのような違いがありどのような関係性にあるのか、ということは知りたいところです。

たとえば、それは、この本の「おわる」の章でテッサ・モーリス=スズキを引用しながら書かれていることと関連します。彼女は、自分が直接には関与しなかった過去の暴力や迫害がもたらしたものを解体するために、一歩をふみだすことが必要だということを主張しました。それは、きわめてポリティサイズされた方向での議論で、アクティビズムとつながる議論です。しかし、引用しながら、この主張をどのように引き受けるのか、についてはつっこんでいない気がします。もちろん、みんながみんなアクティビストになるのではないにしても、「次のステップ」は何なのかについては考える必要があるのではないかと思いました。

城田さんの発表について、アクションとアクティビズムの視点からみると、一つ疑問があります。ボリビアの沖縄系移民の世帯数は、入植当時の約三千世帯から調査当時二百数十世帯へと減っているようです。そこには色々なプロセスがあったのではないか。最近も、ドミニカの日系移民が提訴した裁判で、裁判に「勝訴」した日本政府が謝罪したという事例もありました。つまり、移民・入植史にまつわる苦難と憤怒の負の歴史的側面をみることも重要だということです。発表内容は、1950年代の移民政策に関わる過去の自画像を創りだす文化的実践としてはたいへん面白いものでした。ただ一方で、過去の差別と排除をもたらした迫害の記憶について、調査者としてどういうセンシティビティで向きあうのかというところも報告してほしかった気がします。

広瀬さんの発表について、コミュニケーションの本質に関わる重要な提起だったと思います。本の中で、広瀬さんは、マジョリティによる「やさしさ」の限界という指摘をしています。つまり、視覚障がい者に対する点字の保障機会が拡大しているのはいいことだけれども、それは本質的にマジョリティ側からすれば、お金のかかる特別なサービスであって、つねに切り捨てられる脆さを含んでいるということを、「やさしさの限界」と表現したのでした。それこそはマジョリティの提供するサービス内部にはらまれている牙ではないでしょうか。この話題をお聞きして、アフリカの民族語をめぐるグギ-アチェベ論争を思い出しました。アチェベは民族語も基本的にはたんなるコミュニケーションのツールと位置づけたのですが、グギは民族語は思考の源泉であり人間観の根幹であるがゆえに、コミュニケーションのツールのような代替可能なものではないと主張しました。この発表で、「触る(触文化)」が単なるコミュニケーションのツールではなく、思考の源泉、人間観の根幹であるとさえ位置づけようと主張しています。その主張は、私たちにつきつけられた鮮烈でスリリングな提起だと思います。文化観や人間観を刷新させる可能性と革命性をもった触文化への誘いです。ただこの重要な提起を、マジョリティ社会の中でどうやって具体的な実践のステップとして位置づけるのかという問題がでてきます。そうした可能性があるものをどういう形でマジョリティの中に位置づけるのか、どう社会に訴えていけるのかは、私たち全員が考え挑戦すべき課題となるでしょう。

西さんの発表についても、フィールドワークをするうえでの重要な問題意識を感じさせました。アフリカでフィールドワークをしていると、HIV/エイズの問題はきわめて日常的に向き合う課題です。近代医療システムのように感染者を隔離して治療する選択肢も、社会の中で非感染者とともに暮らせる伝統的システムの選択肢もあります。そういう人びとと向かい合うとき、人類学者の役割とは何でしょうか。西さんは禁欲的に、「対話すること」にとどめて議論を展開しました。「最終的に決めるのはコミュニティの人たち」という考えがあるからです。それでよいのだろうか、と思いました。フィールドの現場でやれること、やるべきことは、対話以外にはないだろうか、対話もアクションですが、次のステップはないのだろうかという疑問を抱きました。

コメンテータ: 松田素二(京都大学)


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