AACoRE > Laboratories > Kamei's Lab > Index in Japanese
ILCAA
亀井伸孝の研究室
亀井伸孝

ジンルイ日記

つれづれなるままに、ジンルイのことを
2010年3月

日本語 / English / Français
最終更新: 2010年3月31日
[←前の日記へ][今月の日記へ] [テーマ別目次へ] [月別目次へ][次の日記へ→]

■東京外大という職場 (2010/03/31)
■『森の小さな〈ハンター〉たち』週刊朝日で紹介 (2010/03/30)
■切手のない分厚いおくりもの (2010/03/23)
■博士論文の刊行報告 (2010/03/21)
■ツイッターの「誤解ハンター」たち (2010/03/17)


2010年3月31日 (水)

■東京外大という職場

2年7カ月間、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所(AA研)に勤務した。ここに勤めていて驚いたのは、時どき、裁判所や警察から電話がかかってくることである。

「どなたか、西アフリカの○○語を話せる方はいらっしゃいませんか」
「在日アフリカ人のコミュニティと文化について、何かご存じのことは?」

AA研の事務室に、こんな問い合わせが舞い込んでくる。電話を受けた職員は、適当にアフリカ関係の研究者につないで、「後はよろしくお願いします」と丸投げ。かくして、私のような暇な研究員がたまたま受話器を取ってしまい、朝から警察や裁判所相手に、アフリカのあれこれについて回答するはめになる。

そうか。首都圏にある外国語大学というのは、「海外事情なんでも便利屋さん」として役所関係に重宝されているわけか。それにしても、警察と裁判所が多いというのは、何とも切実な話ではある。おもしろい経験をした。

[AA研在職期間2年7カ月のおもな成果]

・単著3冊、編著書2冊、DVD辞典1つ。平均して、半年に1冊ずつ本を作っていました。
・海外調査4回。カメルーン2回、コートジボワール2回。
・受賞2回。ひとつは国際開発学会、もうひとつは厚生労働省。
・書評・報道など45回。え、そんなに報道されていましたか。
・後は、こまごまとした文章を書いたり、出前授業をしたり。どんなところでも行きました。

記念に、AA研在職期間中の成果一覧をまとめてみた。教育の義務は負わない、とにかく研究に専念して次の職に移ることを目指しなさいという業務命令を真に受けて、かなり自由に時間を使わせてもらった。いただいた給料に見合った成果となっていれば、幸いです。

もうひとつ。関東在住の間、立教大学で講師を兼任していた。「言語・文化として手話に出会う」という文化人類学の視点が学生には好評だったようで、新年度から語学「日本手話」の開講の準備が整ったそうだ。また、立教での授業をもとにして、岩波ジュニア新書『手話の世界を訪ねよう』を書き上げることができたのも、よい想い出。

お引き立てくださいました各位に感謝を申し上げつつ、関東のこれらの仕事をおいとまいたします。明日から、大阪勤務です。


2010年3月30日 (火)

■『森の小さな〈ハンター〉たち』週刊朝日で紹介

週刊朝日20100409 今日発売の『週刊朝日』(2010/04/09増大号) に、拙著『森の小さな〈ハンター〉たち』の書評が掲載されました。

土屋敦「『森の小さな〈ハンター〉たち』亀井伸孝」
「話題の新刊」『週刊朝日』2010年4月9日増大号. 142ページ.

週刊朝日は、子どもの頃から書評欄をよく読んでいた。父親が買ってきて自宅に積んでいたバックナンバーをめくっては、書評を読んで背伸びした気になるという生意気な中学生だった。まさか、本誌で書評していただける側になる日が来るとは。

本書に活写された子どもたちの様子は、本来的な子どもの学びの姿とも言え、それが現代教育に投げかけるものも大きいだろう。
私の本は、他の出版社でお世話になったものも含めて、純粋に学術的な貢献という側面よりも、「現代日本社会に警鐘を鳴らす本」みたいに、ジャーナリズムの期待にかなうかたちで評価をいただくことがしばしばある。今回も、そういうふうに読んでいただいたようだ。

世におもねるのではない、しかし、世に共感をもって読まれる学術書を書きたい。そういう思いが多少なりとも通じたならば幸いです。

真の研究が、実にリアルで、反骨心に溢れ、権威主義とはかけ離れたものであることを思い出させてくれる本であり、また、若い日本人が、苦労を重ねつつも様々な工夫で現地の子どもたちに馴染んでゆく様は、読み物としても抜群に面白い。
学問の権威主義が大嫌いな私にとって、最高の賛辞をいただいた。学会の専門誌などだけでなく、週刊誌でおもしろい読み物として取り上げていただいたことを、光栄に思います。お礼にかえて、ご紹介まで。


2010年3月23日 (火)

■切手のない分厚いおくりもの

(1) わたしからあなたへ この本を届けよう
広い世界にたった一人の わたしの好きなあなたへ

(2) 年老いたあなたへ この本を届けよう
心やさしく教えてくれた お礼がわりにこの本を

(3) 夢のないあなたへ この本を届けよう
調べることの喜びを知る 魔法じかけのこの本を

(4) 知り合えたあなたに この本を届けよう
今後よろしくお願いします 名刺がわりにこの本を

(5) 別れゆくあなたに この本を届けよう
さびしいときにめくってほしい 遠い空からこの本を

本が完成したら、(1) 家族に、(2) 恩師に、(3) 同僚・同業者に、(4) 学界有力者に、(5) 社交上重要な相手に、献本をします。

かの有名な歌の歌詞を見ていたら、びっくりするほどあざやかに「献本の哲学」を語っていた。そこで、記録としてアップしました。

(3) は、思わず笑ってしまいますね。そういう触発的な、魔法のような本でありたいと思います。(4) は、世渡りの上で欠かせないこと。これは、営業上のコストといえるでしょう。

研究者が総力をあげて完成させる本とは、最大の自己表現。「切手のない分厚いおくりもの」に込められたいろいろな思いが、みなさまのもとに届きますように。


2010年3月21日 (日)

■博士論文の刊行報告

『森の小さな〈ハンター〉たち』は、何をかくそう、私の博士論文がもとになってできた本です。

でも、それってあまりいい宣伝文句ではありませんよね。きっとかた苦しくて難しい本でしょう、と敬遠されてしまうかも。たとえば、「狩猟採集民バカにおけるこどもの日常活動と社会化過程に関する人類学的研究」なんていう本があったら、手に取ってみたいと思いますか?

論文をそのまま本にするのではなく、私はもっと楽しげな本を作りたかった。せっせとイラストを描き、森の子どもたちのかっこいい写真を入れ、楽しいエピソードを盛り込み、自分の失敗談までさらして、笑って読んでいただけるような本にした。もちろん、楽しい本になったかどうかは、読者のみなさまの感想を待つしかありません。

私の出身大学では「博士論文を必ず出版しなければいけない」というルールがある。学位を取った後、論文をそのまま眠らせてしまったら、「この人の博士論文はまだ刊行されていませんね」と定期的に会議で指摘され、そのたびにもと指導教官が肩身のせまい思いをするのだとか。

今回、ようやく本が刊行され、こんな報告書を書いて大学に送りました。

京都大学総長殿
氏名 亀井伸孝

学位論文公表報告

先に提出しました学位論文(未公表分)を、下記の通り公表しましたので報告いたします。

論文題目「狩猟採集民バカにおけるこどもの日常活動と社会化過程に関する人類学的研究」
単著『森の小さな〈ハンター〉たち: 狩猟採集民の子どもの民族誌』

京都大学博士(理学) 平成14年3月25日取得
学位記番号 理博第2502号
課程博士[専攻名 生物科学(動物学系)]

格闘していたのは、2001年ころのことだ。

・論文の執筆に苦しみながら、つれあいの大学講義の手話通訳に通っていたこと
・晩まで研究室にこもっていたら、ニューヨークでの航空機激突のニュースがまいこんだこと(9.11)
・博士学位記を手渡してくれたのは、長尾眞総長(現・国会図書館長)だったこと

…いろんなことが思い起こされます。来年からは、二度と会議で指摘されることもないはず。これで、晴れて「卒業」です。


2010年3月17日 (水)

■ツイッターの「誤解ハンター」たち

最近、ツイッターで発見した現象について、紹介しましょう。

「手話って、世界共通で、簡単で便利でしょう」(★)

…そんな誤解が、聞こえる人たちの間に横行している。とくに手話を一度も学んだことがない人に限って、そういうことを言う。手話の学習に苦労を重ねてきた人たちは、そういうことは言わない。

さて、ツイッター。聴者たちが、(★)のような誤解を平気で書きつらねている。ためしに「手話」という語句で検索をかけてごらんなさい、ひどい勘違いが山ほど見つかりますよ。

一方、そういう勘違いを見つけたろう者たちが、ツイッターを通して文句を付ける。「手話についての誤解を広めないでください!」と。こまめにチェックして意見を付ける「誤解ハンター」たちがいる。

とつぜん意見された側は、めんくらう。え、何となく「手話って世界共通で便利でいいよね」と言っただけなんですけど、ダメなんですか? あ、間違いですか、すみません。というふうに。

これまで、聴者の思い込みは声で話されることが多く、ろう者たちに届かないことがあった。しかし、ツイッターの世界では、聴者たちによる誤解が全部文字になって見えてしまう。だから、ろう者が誤解を見つけて訂正するということができる。

世にあふれている誤解を正し続けねばならないろう者たちの徒労感は、察するにあまりあるけれど(そういう負担を減らす手伝いをしたいというのが、岩波ジュニア新書を書いたおもな動機だったのですが)。ともあれ、ツイッターで手話について間違ったことを書き散らすと、ろう者たちが目を光らせていますから。どうかご注意を。



矢印このページのトップへ    亀井伸孝日本語の目次へ

All Rights Reserved. (C) 2003-2013 KAMEI Nobutaka
このウェブサイトの著作権は亀井伸孝に属します。